抗癌剤の副作用、口内炎の予防と痛み別対処法
がんの治療を受ける中で、多くの方が経験する副作用の一つに「口内炎」があります。
お口の中に生じる痛みは、食事を摂る楽しみを妨げるだけでなく、会話を億劫にさせるなど、日々の暮らしに大きな影響を及ぼします。
こうしたお口のトラブルは、時に体力の低下を招き、治療の継続を難しくさせる要因にもなるため、適切に向き合うことが大切です。
「副作用だから仕方がない」と一人で我慢を続ける必要はありません。口内炎は、正しい知識を持って対処することで、その症状を和らげたり、悪化を防いだりすることが可能です。
本コラムでは、毎日を少しでも穏やかに過ごしていただくために、日頃の予防法から痛みが強い時の対処法、そしてお口に優しい食事の工夫まで、具体的で実践的なヒントを解説します。
口内炎が生じる理由

口内炎が生じる背景には、抗がん剤治療の作用と体の仕組みが関係しています。
これは治療の過程で多くの方にみられる変化であり、特別な異常ではありません。
理由1:粘膜への影響
抗がん剤は、増殖の早いがん細胞を標的とする薬剤です。
その一方で、口腔内の粘膜のように細胞の入れ替わりが活発な組織にも影響が及ぶことがあります。
そうした理由で粘膜が一時的に薄くなり、刺激に敏感になることで、炎症が起こりやすい状態になります。
理由2:免疫力の低下
抗がん剤の影響で、細菌から体を守る白血球が減少することがあります。
免疫力が低下すると、普段は問題を起こさない口腔内の常在菌が増えやすくなり、弱った粘膜に炎症を引き起こすことがあります。
これらの要因が重なることで、口内炎は生じやすく、また治りにくくなることがあります。
使用する薬剤の種類や、放射線治療との併用、治療開始後1~2週間といった時期によっても発症しやすさが変わります。
ご自身の治療スケジュールの中で、口内炎が起こりやすい時期を把握しておくことは、対策を考えるうえでも役立ちます。
予防的ケアで整える口腔環境

口内炎の発症を抑えるうえで、最も重要とされているのが予防的なケアです。
症状が現れてから対処するのではなく、治療開始前や症状が軽い段階から口腔内を整えておくことが、治療期間中の生活の質(QOL)を保つために役立ちます。
治療開始前の場合
抗がん剤治療を始める前には、歯科を受診し、口腔内の状態を確認しておくことが推奨されています。
虫歯や歯周病、合わない補綴物、入れ歯の不具合などがある場合、それらが細菌の増殖や粘膜の損傷につながり、口内炎のリスクを高める可能性があるためです。
● がん治療と連携する歯科医療
近年、がん治療を行う医療機関と連携し、治療中の口腔ケアに対応できる「がん治療連携歯科医」が増えています。
通院先の「がん相談支援センター」や、地域のがん診療連携拠点病院のウェブサイトなどで紹介されていることが多く、事前に相談することで適切な歯科を案内してもらえる場合があります。
● 歯科ではどのようなことを行う?
・口腔内の総合的な診察
→虫歯、歯周病、合わない被せ物や入れ歯など、トラブルの要因となる部分を確認します。
・専門的なクリーニング
→セルフケアでは除去しにくい歯石や歯垢を、専用の機器を用いて清掃します。
・入れ歯の調整
→粘膜に負担がかからないよう、適切なフィット感に調整します。
・セルフケアの指導
→ 個々の口腔状態に合わせた歯ブラシの選び方や磨き方など、日常ケアの方法を確認します。
治療開始前にこれらの準備を行うことで、治療中の口腔トラブルを減らすことが期待できます。
治療中の場合
治療が始まった後は、日々のセルフケアが重要になります。
基本となるのは「清潔」「保湿」「低刺激」の3点です。
◆清潔 ― 菌を増やさない環境づくり
・歯ブラシの選び方
ヘッドが小さく、毛の硬さが「やわらかめ」または「超やわらかめ」のものが適しています。
PBT(ポリブチレンテレフタレート)素材のブラシは、毛先が柔らかく刺激が少ないとされています。
・歯磨き剤の選び方
発泡剤(ラウリル硫酸ナトリウムなど)や強いミント風味は刺激になることがあります。
研磨剤無配合で泡立ちの少ないジェルタイプが使いやすく、フッ素配合は虫歯予防に有効です。
・うがい薬の選び方
日常的にはアルコールフリーで刺激の少ない洗口液が適しています。
殺菌成分(CPCなど)を含むものもありますが、痛みがある場合は水、ぬるま湯、または生理食塩水(500mlの水に塩4.5g)など、刺激の少ない方法が安心です。
◆保湿 ― 粘膜の乾燥を防ぐ
・保湿剤の使い分け
口腔保湿剤にはいくつかのタイプがあります。
スプレータイプ:日中の乾燥が気になる時に手軽に使用できます。
ジェルタイプ:保湿効果が持続しやすく、就寝前や会話の前に適しています。
リンス(洗口液)タイプ:口腔全体に潤いを広げたい時に有効です。
・唇や室内環境の保湿
唇の乾燥は口角炎の原因となることがあります。ワセリンや低刺激のリップクリームをこまめに使用しましょう。
また、就寝時に加湿器を利用したり、濡れマスクを使用したりすることで、口腔や喉の乾燥を防ぐことができます。
◆低刺激 ― 粘膜への負担を減らす
・食事での工夫
熱い飲食物、辛味の強い料理、酸味の強い食品、硬い食べ物などは、弱った粘膜に刺激となる場合があります。
治療期間中は、これらを控えることで負担を軽減できます。
・口腔ケア用品の刺激を避ける
アルコールを含む洗口液や、香味の強い歯磨き剤は刺激になることがあります。
痛みがある時期は、刺激の少ないタイプを選ぶことで粘膜への負担を減らせます。
・温度差の大きい飲食物を避ける
極端に冷たい飲み物や熱い飲み物は、敏感になった粘膜に痛みを引き起こすことがあります。
常温に近い温度のものを選ぶと安心です。
口内炎が生じた時の対応

口内炎を防ぐためのケアを丁寧に行っていても、治療の種類やその日の体調によっては、どうしても症状が出てしまうことがあります。
そのような時は、決してご自身を責めないでください。
まずは痛みを抑え、少しでも楽に過ごすための対応へと意識を切り替えていきましょう。
痛みの程度に合わせた段階的なケア
お口の中の状態に合わせて、無理のない範囲で以下のケアを取り入れてみてください。
・口の中が赤くなったり、食べ物がしみたりする時
口の清潔を保つことをより意識します。
刺激の少ないうがい薬での洗浄回数を増やし、食事も薄味で柔らかいものに変えることで、炎症の悪化を抑えられる場合があります。
・痛みが強くなり、食事がしづらくなってきた時
早めに医療者に相談することが大切です。
炎症を抑えるステロイド成分が入った塗り薬や、患部に貼り付けて刺激から守るパッチ型の薬などが処方されることがあります。
また、食事の前に痛みを一時的に麻痺させるうがい薬を使うことで、スムーズに栄養を摂りやすくなる工夫もあります。
・何もしなくても激しい痛みがあり、水分を摂るのもつらいような場合
我慢をせずに適切な痛み止めを使用してください。
医師の管理のもとで使用する医療用麻薬は、痛みをしっかり取り除き、体力の消耗を防ぐための大切な治療手段です。
どうしても口から栄養が摂れない時には、点滴で水分や栄養を補うことも、回復を早めるための重要な助けとなります。
氷を用いた冷却による痛みの緩和
自宅でできる身近な工夫として、氷を活用する方法があります。
細かく砕いた氷を口に含み、ゆっくりと転がして患部を冷やすことで、一時的に痛みの感覚を和らげることができます。
また、特定の抗がん剤を使用する際に、投与中に氷を口に含む「冷却療法(クライオセラピー)」が行われることがあります。
これはお口の中を冷やして血管を収縮させ、薬剤が粘膜に届く量を減らすことで、口内炎ができるのを防いだり、重くならないようにしたりする効果が認められている方法です。
食事の工夫と栄養を補給するヒント

お口に痛みがある時期でも、身体の回復を助けるためには栄養を摂ることが欠かせません。
「何を食べなければならない」と難しく考えず、食べやすいものを少しずつ選んでいきましょう。
粘膜の修復を助ける栄養素
日々の食事の中で、粘膜の健康に関わる栄養素を意識してみるのも一つの方法です。
・ビタミンA
粘膜の健康を保ちます。かぼちゃや人参などの緑黄色野菜に多く含まれます。
・ビタミンB群
粘膜の生まれ変わりを助けます。豚肉や卵、乳製品に豊富です。
・亜鉛
細胞の新陳代謝に深く関わります。牛肉や卵黄などに含まれています。
これらの栄養を支える基礎として、身体を作るもとになるタンパク質をしっかり摂ることが、回復への土台となります。
喉越しを良くする調理のアイデア
痛みがある時は、味付けを薄くし、喉を通りやすい形に工夫することで負担が軽くなります。
たとえば主食には、ご飯を豆乳やだし汁で柔らかく煮込み、卵でとじたお粥がおすすめです。
おかずには、鶏のひき肉や豆腐を使い、片栗粉で「とろみ」をつけたあんかけにすると、お口の中での摩擦が少なくなり、飲み込みやすくなります。
また、長芋をすりおろした汁物や、お豆腐で作ったプリンのようなゼリー状の食品も、滑らかな食感で栄養を補うのに役立ちます。
飲み物では、酸味の少ない果物と牛乳を混ぜたスムージーなどが、一度に多くのエネルギーを補給できて便利です。
栄養補助食品の活用について
食事を作る気力がわかない時や、どうしても食べられるものが限られてしまう時は、市販の栄養補助食品を頼るのも賢い選択です。
ドリンクタイプやゼリー状のもの、スープなど、少量で高い栄養を摂れる製品がたくさんあります。
これらを上手に活用して、無理なく体力を維持していきましょう。
周囲と支え合う

口内炎による痛みやつらさは、気持ちの面でも大きな負担となります。
周りの人と支え合うことで、少しでも心の平穏を保てるようにしましょう。
気持ちを楽に保つために
「食事が摂れなくて申し訳ない」「痛みを訴えるのはわがままではないか」と、ご自身を責める必要は全くありません。
副作用による痛みは、ご自身の努力や我慢の問題ではなく、お薬の影響によるものです。
食べられない時は無理をせず、まずは痛みを和らげることを優先してください。
今のつらい気持ちを言葉にして、医療者に伝えることは、より良い治療を受けるための大切なステップです。
ご家族ができる見守り方
ご家族の方は、本人のつらさをまずは受け止めてあげてください。
「もっと食べないと体力が落ちる」という励ましが、時には本人の負担になってしまうこともあります。
本人が食べられそうなものを一緒に探したり、お口の手入れを手伝ったりするなど、実務的なサポートに重点を置くことが、大きな安心感に繋がります。
医療チームとの連携
がんの治療には、医師や看護師だけでなく、薬剤師、歯科医師、栄養士など、多くの専門家が関わっています。
皆様を支える「一つのチーム」として、ぜひ積極的に頼ってください。
いつから、どのように痛むのか、何なら食べられたかといった日々の記録をつけておくと、診察の際に状況が伝わりやすくなり、より適切なアドバイスや処置を受けることができます。
おわりに
口内炎のケアは、単に痛みを抑えるだけではありません。
それは、治療を最後まで続けていくための体力を守り、皆様が自分らしく毎日を過ごすための、とても大切な治療の一部です。
先の見えない不安を感じる時もあるかもしれませんが、一人で抱え込む必要はありません。
お口の悩みを専門家に相談し、適切なサポートを受けることで、つらい時期を乗り越えていくことができます。
困った時は我慢をせず、周りを頼ってください。皆様の毎日が、少しでも穏やかなものとなることを願っております。
