2026.01.14

前立腺がんの治療法とは。副作用対策と選択基準を解説

ポンポンダリアの花

前立腺がんは、現在の日本において男性で最も罹患数(新たにがんと診断される人数)が多いがんです。

国立がん研究センターの最新の統計によれば、生涯のうちに男性の約9人に1人が前立腺がんと診断されると予測されており、非常に身近な疾患となっています。

しかし、他のがんと比較して進行が緩やかなケースが多く、適切な時期に適切な治療を行うことで、根治だけでなく、治療後も長期にわたって質の高い生活を維持することが十分に可能です。

前立腺がんの治療における最大の特徴は、選択肢が非常に多彩であることです。

手術、放射線治療、薬物療法といった直接的な介入だけでなく、進行が遅い性質を利用して「あえてすぐには治療をせず、厳重に経過を観察する」という選択肢まで存在します。

各治療法にはそれぞれメリットと副作用のリスクがあり、どれが最善かは、がんの勢いだけでなく、患者様の年齢、お仕事、家庭環境、そして何を優先して生きたいかという価値観に委ねられています。

本コラムでは、前立腺がんの診断の仕組みから各治療法の詳細、副作用への具体的な対策、そして再発時の最新治療までを解説します。

手のひらの上にピンクのハートを乗せた様子

前立腺の役割とがんの発生メカニズム

前立腺は男性のみにある臓器で、膀胱の真下で尿道を囲むように位置しています。主な役割は精液の一部を分泌し、精子の活動を助けることです。

この前立腺の細胞が、加齢、食生活の欧米化、遺伝的要因、そして男性ホルモンの影響によってがん化します。

前立腺がんの多くは、男性ホルモン(アンドロゲン)を糧に増殖する性質を持っており、この性質が後に解説するホルモン療法の基盤となります。

PSA検査の解釈と偽陽性の注意点

早期発見の主役はPSA(前立腺特異抗原)検査です。

血液中のPSA濃度を測る簡便な検査ですが、数値の解釈には注意が必要です。PSA値はがんだけでなく、前立腺肥大症や前立腺炎でも上昇しするためです。

正確な診断のため、医師はPSA値だけでなく、PSA density (PSA密度)という指標も重視します。

また、MRI検査ではPI-RADS(パイラッズ)という5段階のスコアリングが用いられます。

スコア4や5の場合、がんの可能性が極めて高いと判断され、次の生検へと進みます。

針生検の具体的な流れとリスク

最終的な診断のために行われるのが「前立腺生検」です。これは細い針で10〜12箇所程度の組織を採取する検査です。

直腸から針を刺す方法と会陰部(股の間)から刺す方法がありますが、現在は感染症のリスクが低い経会陰生検が主流になりつつあります。

通常、1泊2日程度の入院で行われ、局所麻酔や静脈麻酔が併用されます。

採取された組織は顕微鏡で観察され、がんの悪性度が評価されます。

このスコアが「4+4=8」以上の場合、高リスクがんとされ、より積極的な治療が検討されます。

紙でできた病院のマーク

がんが前立腺内にとどまっている「限局性がん」の場合、治療の目的はがんを完全に消し去る「根治」です。

監視療法

低リスクがん(グリソンスコア6以下など)において、世界的に推奨される標準的な選択肢です。

3ヶ月ごとのPSA測定、年1回のMRI、1〜3年ごとの再生検を継続します。

PSA値が急激に上昇したり、生検で悪性度が上がったりした場合には、その時点で手術や放射線に切り替えます。

これにより、副作用(尿漏れや性機能障害)を何年も先延ばしにでき、生活の質を守ることができます。

ロボット支援下手術(ダビンチ手術)

現在は「ダビンチ」などの手術支援ロボットを用いるのが一般的です。

がんの広がり具合により、「全温存(神経を完全に残す)」「部分温存」「非温存(神経ごと切除)」の3段階から選択されます。

全温存できれば、術後の勃起機能や尿自制機能の回復が格段に早まります。

手術時間は3〜4時間程度で、術後1週間程度で尿道のカテーテルが抜け、退院となります。

放射線治療

放射線治療は、体を切らずに手術と同等の効果が期待できる治療です。

・強度変調放射線治療(IMRT)
がんの形に合わせて放射線の強さを変え、周囲の直腸や膀胱を守りながら照射します。
約7〜8週間の平日の通院が必要です。
・小線源療法
マッチ棒の先ほどの小さな線源を前立腺内に永久的に埋め込みます。
3〜4日の入院で完了し、内部から集中的に照射します。
・重粒子線・陽子線治療
特定の施設で行われる、より強力な放射線です。副作用を抑えつつ、難治性がんにも高い効果を発揮します。
最新の補助技術として、ハイドロゲルスペーサーの注入があります。
これは前立腺と直腸の間にゼリー状の物質を入れ、物理的な距離を作ることで、放射線による直腸出血などの合併症を劇的に減らす手法です。

PCの前で説明する医師

前立腺がんの治療選びは、医師が一方的に決めるのではなく、患者様と共に決める「共有意思決定(SDM)」が基本です。

D’Amico(ダミコ)分類

D’Amico(ダミコ)分類は、前立腺がんの治療方針を決定する際に世界中で最も広く使われている指標です。1998年に米国のアンソニー・ダミコ博士らによって提唱されました。

がんが前立腺内にとどまっている「限局性がん」の状態において、治療後に再発(PSA再発)するリスクがどの程度あるかを、3つの客観的な数値の組み合わせで評価します。

治療方針の骨格を決めるのは、以下のリスク分類です。

  • 低リスク:PSA 10未満 かつ グリソンスコア 6以下
  • 中リスク:PSA 10〜20 または グリソンスコア 7
  • 高リスク:PSA 20超 または グリソンスコア 8以上

高リスクの場合、手術だけでなく、放射線治療に2〜3年のホルモン療法を組み合わせる強力な治療が推奨されます。

最適な治療を選択するために

前立腺がんは「10年生存率」が90パーセントを超えることもあるがんです。そのため、治療を選択する際は「今後10年から15年の人生をどう過ごしたいか」という視点が欠かせません。

現役で仕事を続けており、通院が難しい場合は短期入院の手術が選ばれることが多いですが、手術の合併症を避けたい高齢の方や、心臓などに持病がある方の場合は、通院による放射線治療や、負担の少ないホルモン療法が適しています。

笑顔の夫婦

尿漏れの改善

手術後に多くの患者様が経験する尿漏れは、尿道を締める筋肉を鍛えることで改善します。

たとえば、以下のような骨盤底筋体操がおすすめです。

1.椅子に浅く腰掛け、肛門と尿道をグッと5秒間締め上げます。
2.締めたまま、深呼吸を繰り返します。これを1セット10回、1日5〜10セット行います。

術前からこのトレーニングを行っておくことで、術後の尿自制(おむつ離れ)の時期が大幅に早まることが医学的にも証明されています。

ホルモン療法の副作用と全身管理

薬で男性ホルモンを抑える内分泌療法では、特有の副作用が現れます。

・ホットフラッシュ(のぼせや発汗)
通気性の良い服を選び、急な体温変化に対応します。
・代謝異常と骨密度低下
骨折を防ぐため、ウォーキングや軽い筋トレ(レジスタンス運動)が必須です。
また、カルシウムとビタミンDを豊富に含む食事(魚、小松菜、乳製品)を心がけます。
・心理的ケア
男性ホルモンの低下により、気分の落ち込みや意欲の低下(抑うつ症状)が出ることがあります。
一人で抱え込まず、家族やピアサポート(患者会)などで思いを共有することも大切です。

病院の待合椅子

治療後、PSA値が再び上昇し始めた状態を「再発」と呼びます。

しかし、前立腺がんは再発後の治療の選択肢が他のがんと比べても圧倒的に豊富です。

救済療法(サルベージ療法)

救済療法とは、再発した際に行われる治療のことです。

前立腺がんにおいて手術後に再発(PSA再発)した場合は、前立腺があった場所に放射線治療を行ったり、ホルモン療法を行ったりと救済療法が検討されます。

放射線治療後に再発した場合は、ホルモン療法への切り替えが標準的です。

去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)への治療

ホルモン療法の効果が薄れてきた「去勢抵抗性」という段階になっても、2026年現在は多くの新薬が登場しています。

・新規ホルモン薬:エンザルタミド、アビラテロン、ダロルタミドなど。
・化学療法:ドセタキセル、カバジタキセルなど。
・精密医療(ゲノム医療):特定の遺伝子異常(BRCAなど)がある場合に高い効果を発揮する「PARP阻害薬」や、骨転移に直接作用する放射性物質「ゾーフィゴ」など。

これらの治療を適切な順序で組み合わせる(シーケンス治療)ことで、たとえ転移がある状態でも、5年、10年と病状をコントロールし、普通に近い生活を送り続けることが可能になっています。

医師と会話する高齢男性

医師に確認すべき点

納得のいく治療を受けるために、診察室では以下のことを確認することをお勧めします。

・がんのリスク分類は?
・提示された治療法の副作用と、その発生頻度はどれくらいなのか。
・治療後の生活(排尿や性機能)は、具体的にどう変わると予想されるか。
・万が一再発した場合、どのような次の手があるか。

セカンドオピニオンの活用

前立腺がんのように選択肢が多いがんこそ、他の医師の意見を聞く「セカンドオピニオン」が有効です。

手術を得意とする医師と、放射線を得意とする医師の両方の話を聞くことで、自分にとって最も優先したい価値観が明確になります。

前立腺がんの治療は、一つの正解があるわけではありません。医学的なデータに基づきつつ、患者様お一人おひとりの人生観を反映させた「オーダーメイドの選択」が求められます。

2026年現在、医療技術の進歩は、かつては二者択一だった「根治」と「生活の質」の両立を、非常に高いレベルで実現しています。最新のロボット手術、正確な放射線治療、そして人生を支え続ける新薬の数々。これらはすべて、患者様が「がんになった後も、自分らしく生きる」ための強力な道具です。

大切なのは、正確な情報を得た上で、主治医やご家族と納得できるまで対話を重ねることです。本コラムが、皆様のこれからの決断を支え、健やかな毎日を取り戻すための一助となることを心より願っております。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。