頭痛や物忘れは脳腫瘍のサイン?初期症状と見分け方を紹介
私たちの身体と心のすべてを司る司令塔である脳。その中に腫瘍が発生する脳腫瘍は、他の臓器のがんとは異なる独特の性質を持っています。
最大の特徴は、たとえ腫瘍そのものが良性であっても、発生した場所や大きさによっては、生命を脅かしたり、重大な後遺症を残したりする可能性があるという点です。
脳は頭蓋骨という膨らむことのできない硬い容器に収まっているため、わずかな体積の変化が周囲の繊細な神経機能に大きな影響を及ぼすからです。
脳腫瘍の初期症状は、非常に緩やかに現れることが多く、当初は疲れのせい、加齢による物忘れ、あるいは眼精疲労などと見過ごされてしまうケースが少なくありません。
しかし、早期に発見し、適切な診療を受けることができれば、現代の医療技術をもってすれば機能を温存しながらの治療が十分に可能です。
本コラムでは、2026年現在の最新の医学的知見に基づき、脳腫瘍の基礎知識から、注意すべき初期サインの具体的な特徴、さらには診断から最新の治療法、生活の質(QOL)の維持までを解説します。
脳腫瘍の基礎知識

脳腫瘍とは、脳の組織、脳を包む膜(髄膜)、脳神経、下垂体、松果体などに発生する腫瘍の総称です。
脳の細胞そのものが腫瘍化する場合もあれば、脳を支える組織や周辺の血管、膜から発生する場合もあります。
脳腫瘍を理解する上で重要なのは、WHO(世界保健機関)による分類です。
これは腫瘍の悪性度を1から4の段階で示すもので、グレード1は増殖が遅い良性、グレード4は極めて増殖が速い悪性腫瘍を指します。
2021年の分類改訂以降は、顕微鏡での観察だけでなく、遺伝子変異などの分子生物学的な特徴も診断に不可欠となっています。
脳腫瘍は、その発生源によって大きく二つの種類に分けられます。
一つ目は原発性脳腫瘍です。
これは脳の組織から直接発生する腫瘍です。脳の神経細胞を支える細胞から出る神経膠腫(グリオーマ)や、脳を包む膜から出る髄膜腫などが代表的です。
原発性脳腫瘍の発生頻度は、人口10万人あたり年間約12人から15人程度と言われています。
二つ目は転移性脳腫瘍です。
これは、肺がんや乳がん、大腸がんなど、他の臓器で発生したがん細胞が血液の流れに乗って脳に転移してきたものです。
近年、がん治療の全体的な進歩により全身の状態が長く維持できるようになった結果、相対的に脳への転移が発見されるケースが増えています。
特に肺がんは脳への転移が起こりやすい疾患として知られており、脳の症状をきっかけに全身のがんが発見されることも少なくありません。
初期症状が現れるメカニズム

脳腫瘍によって引き起こされる症状は、大きく分けて二つのメカニズムに分類されます。
これを理解しておくことで、現れている症状が脳腫瘍の疑いがあるものかどうかを客観的に判断する助けになります。
頭蓋内圧亢進症状
人間の脳は、頭蓋骨という硬い殻の中に収まっています。この中には脳本体、血液、そして脳脊髄液という液体が一定の割合を保って存在しています。
脳の中に腫瘍が発生して大きくなると、この限られたスペースの中で圧力が上昇してしまいます。これを頭蓋内圧亢進(ずがいないあつきょうしん)と呼びます。
この状態になると、脳全体が圧迫されるため、腫瘍の場所に関わらず頭痛、吐き気、意識の低下といった全身的な症状が現れます。
脳脊髄液の流れが腫瘍によって堰き止められ、脳室が拡大する水頭症(すいとうしょう)を合併することもあり、その場合は症状がより急速に進行します。
局所症状(巣症状)
脳は、場所によって司っている機能が明確に分かれています。例えば、前頭葉は思考、運動、感情を制御し、側頭葉は記憶や言語を司り、後頭葉は視覚情報を処理します。
各場所に起きる障害により、表れやすい症状が異なります。
・運動野の障害 → 片麻痺(手足が動きにくい)
・感覚野の障害 → しびれ・感覚低下
・失語野(言語中枢)の障害 → 言葉が出にくい、理解しにくい
・視覚野の障害 → 視野が欠ける
・小脳の障害 → ふらつき、バランスが取れない
腫瘍ができた場所の神経が直接破壊されたり周囲を圧迫したりすることで、その部位が担当している機能だけがピンポイントで失われる症状を局所症状、または脳神経領域で使用される専門用語として巣症状(そうしょうじょう)と呼びます。
脳腫瘍の初期症状

脳腫瘍の初期症状として代表的なものを詳しく解説します。これらは、日常生活の中で感じられる微細な変化から始まることが多いのが特徴です。
脳腫瘍の特徴的な頭痛とは
脳腫瘍による頭痛には、一般的な偏頭痛や肩こりからくる緊張型頭痛とは異なる明確な特徴があります。
最も注意すべきは早朝頭痛です。夜寝ている間は呼吸がわずかに浅くなり、血液中の二酸化炭素濃度が上昇します。
これにより脳の血管が拡張して脳の血流量が増え、腫瘍による圧迫と重なって脳圧が最も高くなるのが明け方から朝方にかけてです。
そのため、朝起きたときが最も痛みが強く、起き上がって活動を始めると数時間で少し楽になるというパターンを繰り返す場合は要注意です。
また、脳腫瘍の頭痛は数週間から数ヶ月単位で、徐々に痛みの頻度や強さが増していく傾向があります。
これまで経験したことのないような重苦しい痛みが続く場合や、市販の鎮痛剤を飲んでも痛みが治まらなくなってきた場合は、脳神経外科の受診を検討してください。
急な吐き気・嘔吐
脳圧の上昇は、脳幹にある嘔吐中枢を直接刺激します。
脳腫瘍による嘔吐の大きな特徴は、吐き気を感じる前に突然、噴き出すように吐く(噴出性嘔吐)ことです。一般的な胃腸疾患や食中毒による嘔吐と異なり、食事の内容やタイミングとは無関係に起こります。
また、吐いた後に脳圧がわずかに下がるため、頭痛が一時的に軽くなることがありますが、これは病状の改善を意味するものではありません。
てんかんの発作
子供の頃に持病がなかった大人が、成人してから初めてけいれん発作や意識消失を起こした場合、脳腫瘍が原因である可能性を第一に考えなければなりません。
腫瘍が脳の表面を刺激することで、神経細胞が異常な電気信号を発し、てんかんを誘発します。
全身が激しく震える大発作だけでなく、数十秒間だけ意識が遠のき返事ができなくなる、身体の一部が勝手にピクつく、変な臭いや音がする、といった周囲からは分かりにくい部分発作も、脳腫瘍の重要な初期サインです。
視覚の異常
脳腫瘍では、視神経そのものや視覚情報を処理する経路が圧迫されることで、視覚に異常が現れます。
自分では気づきにくいのが視野の欠損(見える範囲が狭くなること)です。
例えば、歩いていて片側の肩をよくぶつけるようになった、車の運転中に横からの飛び出しに気づくのが遅れた、といった違和感は、視野が半分欠けているサインかもしれません。
また、物が二重に見える(複視)という症状も、目を動かす神経の麻痺によって起こることがあります。
視力の低下を感じて眼科を受診し、眼球そのものに異常がない場合は、脳の検査が勧められます。
運動麻痺と感覚のしびれ
腫瘍が運動を司る領域にできると、手足の動きが悪くなります。
脳腫瘍による麻痺の特徴は、体の片側だけに現れることです。
箸が使いにくくなった、ボタンをかけるのに時間がかかる、歩いていて片足を引きずる、といった症状です。
また、手足がじりじりと痺れる、あるいは触られた感覚が鈍いといった感覚障害も初期症状として頻繁に見られます。
これらは脳卒中の症状と似ていますが、脳腫瘍の場合は数週間かけてゆっくりと進行していくのが特徴です。
認知機能の変化と人格の変容
前頭葉という思考や感情を制御する部位に腫瘍ができると、性格が急に攻撃的になったり、逆に極端に無気力になったりすることがあります。また、複雑な作業ができなくなる、身だしなみに無頓着になるといった変化も現れます。
これらは周囲から見ると認知症やうつ病と勘違いされやすく、発見が遅れる原因となります。
これまで几帳面だった人が急にだらしなくなった、冗談が通じずすぐに怒り出すようになった、といった人格に関わる変化には注意が必要です。
脳腫瘍の種類とは

脳腫瘍には多くの種類がありますが、初期症状に関連して特に知っておくべき代表的なものを挙げます。
神経膠腫(グリオーマ)
脳の神経細胞を支える細胞(膠細胞)から発生する悪性腫瘍です。
脳の中に根を張るように浸潤して広がるため、正常な組織との境界が不明瞭なのが特徴です。
発生する場所によって、運動麻痺や言語障害などの局所症状が比較的早期から現れます。
2021年のWHO分類では、IDH遺伝子変異の有無などが診断の重要な鍵となっており、これによって予後や治療の反応性が大きく異なることが分かっています。
髄膜腫(ずいまくしゅ)
脳を包んでいる膜(髄膜)から発生する腫瘍で、原発性脳腫瘍の中で最も頻度が高いものです。
そのほとんどが良性で、増殖の速度は非常にゆっくりとしています。そのため、脳が徐々に圧迫に慣れてしまい、腫瘍がかなり大きく成長するまで症状が出ないことがよくあります。
健康診断の脳ドックなどで偶然発見されることも多い腫瘍です。
下垂体腺腫(かすいたいせんしゅ)
鼻の奥のあたりにある、ホルモンの司令塔である下垂体にできる腫瘍です。
ほとんどが良性ですが、ホルモンの異常分泌により、月経が止まる、乳汁が出る、手足が大きくなるといった身体的変化が現れます。
また、腫瘍が上にある視神経を圧迫し、両方の端が見えなくなる独特の視野障害を引き起こします。
神経鞘腫(しんけいしょうしゅ)
神経を包む鞘から発生する良性腫瘍です。
特に多いのが聴神経にできる聴神経鞘腫で、初期症状として片側の耳鳴り、徐々に進行する難聴、めまいなどが現れます。
左右の聴力に差が出てきた場合は、単なる加齢による難聴と考えず、この疾患を疑う必要があります。
脳腫瘍の診断と検査

脳腫瘍が疑われる場合、迅速かつ正確な診断がその後の治療を左右します。
画像検査
最も重要な検査はMRI(磁気共鳴画像法)です。
MRIは磁気を利用して脳の断面を詳細に描き出します。特に造影剤という薬剤を血管から注射して撮影する造影MRIは、腫瘍の大きさ、場所、血管との位置関係、さらには悪性度の推測において不可欠な検査です。
通常、T1強調画像、T2強調画像、FLAIR画像など複数の条件で撮影し、腫瘍の内部の状態や周囲の浮腫(むくみ)の範囲を詳しく調べます。
一方、CT(コンピュータ断層撮影)は、短時間で撮影が可能であり、頭蓋骨の破壊や石灰化、出血の有無を確認するのに適しています。
脳ドックと早期発見のメリット
最近では、無症状のうちに脳の状態を調べる脳ドックで偶然、小さな腫瘍が発見されるケースが増えています。
特に髄膜腫などの良性腫瘍は、小さいうちに発見できれば、無理に手術をせず定期的な画像検査でサイズの変化を追う経過観察という選択も可能になります。
病理診断と遺伝子解析
画像検査で腫瘍があることが分かっても、その腫瘍が何という種類の、どの程度の悪性度かを確定させるには、手術などで組織の一部を採取し、顕微鏡で調べる病理検査(生検)が必要です。
現代の診断では、これに加えてIDH変異、1p/19q共欠失といった遺伝子解析が行われ、その結果に基づいて、より個々の患者様に適した治療薬や放射線のスケジュールが決定されます。
現代の脳腫瘍治療とは

脳腫瘍の治療は、がんを取り除くことと脳の機能を温存することの高度なバランスが求められます。
外科的摘出術(手術)
多くの脳腫瘍において、まずは手術による摘出が検討されます。
現在は、顕微鏡を用いた緻密な操作に加え、手術用ナビゲーションシステム(手術版のカーナビ)や術中モニタリングといった高度な技術が導入されています。
言葉を司る部位の腫瘍では、手術中に患者様を一時的に覚醒させ、会話をしながら機能を確認する覚醒下手術(アウェイク・サージェリー)が行われることもあります。
これにより、腫瘍を最大限に摘出しつつ、術後の言語障害を最小限に抑えることが可能になりました。
放射線治療
手術で取り切れない場所に腫瘍がある場合や、悪性腫瘍の術後に再発を防ぐ目的で行われます。
近年では、IMRT(強度変調放射線治療)やガンマナイフ、サイバーナイフといった、周囲の正常な脳への影響を最小限に抑えつつ、腫瘍にだけ高線量を集中させる技術が進化しています。
陽子線治療や重粒子線治療といった、よりピンポイントな照射が可能な治療も、特定の腫瘍に対して行われています。
化学療法(薬物療法)
悪性脳腫瘍に対しては、抗がん剤治療が行われます。
脳には血液脳関門という、有害な物質が脳に入らないようにする強力なバリアがありますが、テモゾロミドなどの薬剤はこのバリアを通過して腫瘍に届きやすい特性を持っています。
また、腫瘍を養う血管の増殖を抑える分子標的薬(ベバシズマブなど)も併用されることがあります。
これにより、脳のむくみを抑え、症状を緩和する効果も期待できます。
治療後の生活と生活の質(QOL)の維持

脳腫瘍の治療は、病院を退院して終わりではありません。その後の長い経過観察と、自分らしい生活を取り戻すためのケアが重要です。
定期的な経過観察の重要性
良性腫瘍であっても、わずかに残った細胞から数年かけて再発することがあります。そのため、半年から1年おきの定期的なMRI検査が必要です。
悪性腫瘍の場合は、より頻繁な検査が行われ、再発の兆候を早期に捉える体制が整えられます。
また、てんかん発作を予防するための抗てんかん薬の服用を継続する場合もあります。
リハビリテーションと社会復帰
手術後に麻痺や言語障害が残った場合でも、早期から適切なリハビリテーションを行うことで、機能の改善が期待できます。
理学療法士、作業療法士、言語聴覚士といった専門職と連携し、日常生活への復帰を目指します。
高次脳機能障害といって、記憶力や注意力が低下する症状に対しても、専門的な支援が行われます。
専門医との連携とセカンドオピニオン
脳という、自分自身の根幹に関わる部位の病気であるため、患者様やご家族の不安は計り知れません。一人で抱え込まず、情報サイトや患者会、病院の相談窓口を活用してください。
脳腫瘍は非常に専門性が高いため、治療方針に迷った際には、他の専門医の意見を聞くセカンドオピニオンも積極的に利用すべき有効な手段です。
あとがき
脳腫瘍は、その初期症状が多彩で気づきにくいという難しさがあります。しかし、医学の進歩により、早期発見できれば以前よりも確実に、そして機能を損なわず治療できる可能性が高まっています。
もし、この記事を読んでいて、ご自身やご家族の朝方の頭痛や性格の変化、片側の耳鳴りなど、何らかの思い当たるサインがある場合は、決してこれくらいで大げさかなと躊躇せず、お近くの脳神経外科を受診してください。
検査の結果、何事もなければそれが一番の安心に繋がります。
脳の病気と聞くと、人生が大きく変わってしまうような恐怖を感じるかもしれません。しかし、適切な医療とつながり、正確な情報を得ることで、病気と向き合いながら自分らしい生活を続けていく道は必ず開けます。
