2025.10.27

抗がん剤の副作用「下痢」と上手につき合うための工夫

下痢症状の男性

抗がん剤治療中、多くの患者さんが「下痢」の副作用に悩まされます。外出が不安になったり、食事がとれず体力が落ちたりと、日常生活への影響は深刻です。

しかし、下痢はただ我慢するものではありません。正しい知識とセルフケアで、つらさを和らげることは可能です。この記事では、下痢の対処法から食事、心のケア、ご家族のサポートまで、今日から実践できるヒントを網羅的にご紹介します。

つらい症状と上手につきあい、少しでも安心して過ごせる時間を増やすための一助となれば幸いです。

すぐに病院へ!見逃してはいけない危険なサイン

危険な下痢のリスト

「少しお腹がゆるいだけ」と自己判断してしまうのは大変危険です。下痢は、体からの重要なSOSサイン。特に以下のような症状が見られる場合は、軽視せずに、すぐに主治医や看護師、薬剤師に電話で連絡し、指示を仰いでください。夜間や休日であっても、ためらわずに救急外来を受診すべきケースもあります。

【緊急連絡が必要な危険なサイン

  • 回数と性状:
    • 1日に7回以上、水のような便が止まらない。
  • 合併症状:
    • 38℃以上の発熱を伴う。
    • 我慢できないほどの激しい腹痛や、けいれんするような痛みがある。
    • 吐き気や嘔吐があり、水分を口から摂ること自体が難しい。
  • 脱水の兆候:
    • 尿の量が極端に減った、または半日以上出ていない。
    • 強いのどの渇き、口の中や唇がカラカラに乾いている。
    • 立ち上がるとめまいがする、意識がぼんやりする、ぐったりして力が入らない。
  • その他の異常:
    • 便に血が混じっている(鮮やかな赤、赤黒い色など)。
    • おしりの周りがひどくただれて痛い。

これらの症状は、重度の脱水や電解質異常、感染症などを引き起こしている可能性があり、専門的な医療処置(点滴など)が急を要します。治療の継続にも関わる重要な問題ですので、「これくらいで…」と遠慮せず、必ず医療機関に相談してください。

医療現場では、副作用の重症度を「グレード」で評価します。下痢の場合、おおよそ以下のように分類されます。

  • グレード1(軽症): 普段の排便回数より1日1〜3回多い。
  • グレード2(中等症): 普段の排便回数より1日4〜6回多い。腹痛などを伴い、日常生活に支障が出始める。
  • グレード3(重症): 普段の排便回数より1日7回以上多い。入院が必要になるレベル。
  • グレード4(生命を脅かす): 生命を脅かす危険な状態で、集中治療が必要。

セルフケアで対応できるのは、基本的にグレード1の段階です。グレード2以上の症状を感じたら、速やかに医療者に相談することが、重症化を防ぐ鍵となります。

毎日の暮らしでできるセルフケア【基本編】

セルフケア3つ

つらい下痢の症状を少しでも和らげるために、日々の生活でできる基本的な3つの柱「水分補給」「食事」「保温」について、詳しく見ていきましょう。

水分補給の極意:「何を」「いつ」「どう飲むか」

下痢で最も怖いのが脱水です。体から水分と一緒に、ナトリウムやカリウムといった生命維持に不可欠なミネラル(電解質)も失われてしまいます。水分補給は、脱水を防ぎ、体力を維持するための最重要課題です。

【何を飲むか?】

  • 最もおすすめ:経口補水液(OS-1など) 脱水時の「飲む点滴」とも言われ、失われた水分と電解質を最も効率よく体に吸収できるよう、成分バランスが調整されています。薬局やドラッグストアで手に入ります。常に数本ストックしておくと安心です。
  • 次におすすめ:常温の麦茶、ほうじ茶、白湯 カフェインを含まず、胃腸への刺激が少ないため日常的な水分補給に適しています。体を冷やさないよう、常温か少し温かい温度で飲むのがポイントです。
  • 注意が必要:スポーツドリンク 電解質も含まれますが、糖分が多いため、腸を刺激したり、下痢を悪化させたりすることがあります。飲む場合は、必ず水で半分程度に薄めてからにしましょう。

【避けるべき飲み物】

  • 冷たい飲み物、カフェイン飲料(コーヒー、紅茶など)、炭酸飲料、アルコール、牛乳、糖分の多いジュース

【どう飲むか?】

  • 「のどが渇く前」に「こまめに」が鉄則です。
  • 一度にがぶ飲みせず、コップ1杯(100~150ml)程度を、1時間おきなど、回数を分けてゆっくりと飲みましょう。
  • 吐き気がある場合は、氷のかけらを口に含んで、溶けた水分を少しずつ飲み込むのも一つの方法です。

食事は“おなかにやさしい”が絶対ルール

「何を食べたらいいかわからない」という不安は、下痢の時によく聞かれる声です。基本は「消化が良く、腸を刺激しないもの」を選び、「少量ずつ、回数を分けて食べる(分食)」ことです。

【積極的に摂りたい“おなかの味方”】

  • 主食: おかゆ、重湯、よく煮込んだうどん、パン粥、食パンの白い部分など。
  • たんぱく質: 鶏のささみや胸肉(皮なし)、白身魚(たら、かれいなど)、豆腐、卵(茶碗蒸し、卵とじなど)。調理法は「蒸す」「茹でる」「煮る」が基本です。
  • 野菜・果物:
    • 水溶性食物繊維が豊富なもの:バナナ、すりおろしりんご。これらに含まれるペクチンは、便の水分を吸収して適度な硬さに整える働きがあります。
    • よく煮込んだ野菜:にんじん、かぼちゃ、じゃがいも、大根など。

【避けたい“おなかの敵”】

  • 脂肪の多い食品(揚げ物、炒め物、脂身の多い肉など)
  • 刺激の強いもの(香辛料、香味野菜など)
  • 不溶性食物繊維の多いもの(生野菜、きのこ類、海藻類、ごぼうなど)
  • 乳製品(牛乳、ヨーグルトなど)

《おなかにやさしいメニュー例》

  • 鶏ささみと卵の雑炊: 柔らかく煮たご飯に、茹でて細かくほぐしたささみと溶き卵を加えて。栄養と水分が同時に摂れます。
  • たらの煮付け: 脂肪の少ないたらを、醤油・みりん・砂糖を控えめにした優しい味付けで煮込みます。
  • かぼちゃのポタージュ: 柔らかく煮たかぼちゃを裏ごしし、豆乳やだし汁でのばします。体を温め、エネルギー補給にもなります。
  • りんごのコンポート: 皮をむいたりんごを、少量の水と砂糖で煮るだけ。すりおろすのが面倒な時でも手軽に作れます。

食事は体を作る基本ですが、つらい時は無理をせず、食べられるものを少しずつ口にするだけで十分です。

“冷え”は万病のもと!おなかを温める「温活」のすすめ

体の冷え、特に「おなかの冷え」は、腸の機能を低下させ、下痢を悪化させる一因です。体の「内側」と「外側」の両方から温めることを意識しましょう。

  • 外側からのケア:
    • 腹巻きやカイロを活用する: 薄手の腹巻きは、夏場の冷房対策にも有効です。
    • 服装の工夫: ブランケットやひざ掛け、レッグウォーマーなどで下半身を冷やさないようにしましょう。
    • 入浴: 38〜40℃くらいのぬるめのお湯にゆっくり浸かり、心身ともにリラックスしましょう。
  • 内側からのケア:
    • 飲み物は常温か温かいものを選び、食事も温かいスープや煮物を中心にしましょう。

一歩進んだケアと心のサポート

下痢とトイレ

基本的なケアに加えて、知っておくと役立つ応用的なケアと、見過ごされがちな心の問題についてお伝えします。

デリケートな部分を守る「肛門周囲のスキンケア」

下痢が続くと、肛門のまわりの皮膚がただれて、ヒリヒリとした痛みを伴うことがあります。排便のたびに痛みが走るのは非常につらいものです。以下のスキンケアを徹底しましょう。

  1. 「こすらない」洗浄: トイレットペーパーで強くこするのは厳禁です。シャワートイレ(温水洗浄便座)を一番弱い水圧で使うか、ぬるま湯を入れたスプレーボトルでおしりを優しく洗い流しましょう。
  2. 「押さえる」乾燥: 洗浄後は、柔らかいタオルやガーゼで、ゴシゴシこすらずに、ポンポンと優しく押さえるようにして水分を拭き取ります。
  3. 「バリアを作る」保護: 皮膚を刺激から守るために、ワセリンや、撥水効果のある亜鉛華軟膏などを塗って、皮膚の表面に膜を作ります。香料やアルコールなどの刺激物が入っていない、敏感肌用の製品を選ぶと良いでしょう。

痛みやただれがひどい場合は、我慢せずに医師や看護師に相談してください。

便秘と下痢をくり返す…その正体は?

「便秘が数日続いた後、急に水のような下痢が起こる」といった、便秘と下痢を繰り返す症状に悩む方もいます。これは、腸内に硬い便が詰まり、その隙間を液体状の便が漏れ出している「溢流性下痢(いりゅうせいげり)」の可能性があります。この状態で自己判断で下痢止めを服用すると、便秘を悪化させてしまう危険性があるため、必ず医師の診察を受けてください。

トイレが怖い…下痢がもたらす「心」への影響と対処法

下痢は身体的な苦痛だけでなく、心にも大きな影を落とします。

  • 予期不安・外出恐怖: 「また急にお腹が痛くなったらどうしよう」という不安から、電車に乗ったり、買い物に行ったりすることが怖くなる。
  • 孤立感: 周囲に気を使ってしまい、友人との食事や旅行といった楽しみを諦め、社会的に孤立してしまう。

このような心のつらさは、決して特別なことではありません。まずは「つらいと感じていいんだ」と自分を認めてあげましょう。その上で、以下のような対処法を試してみてください。

  • リラクゼーション: ゆっくりと鼻から息を吸い、口から吐き出す「腹式呼吸」は、不安を司る自律神経を整えるのに効果的です。
  • 小さな気分転換: 外出が難しくても、家の中で好きな音楽を聴く、映画を観るなど、少しでも気分が紛れることを見つけましょう。
  • 誰かに話す: 信頼できる家族や友人に、今の気持ちを話してみましょう。もし身近な人に話しにくければ、病院のがん相談支援センターや、同じ経験を持つ仲間が集う患者会などを利用するのも一つの手です。

医療チームとの上手な連携

医師に相談する患者

副作用対策で最も大切なことは、あなたの状態を医療チームに正確に伝えることです。

下痢止めの薬、自己判断はなぜNG?

ドラッグストアには様々な下痢止めが売られていますが、抗がん剤治療中の下痢に自己判断で市販薬を使うのは避けてください。医師は、下痢の原因を見極めた上で、腸の動きを抑える薬や腹痛を和らげる薬、整腸剤、漢方薬など、あなたの状態に最適な薬を処方します。処方された薬は、指示通りに正しく服用することが、症状コントロールの鍵となります。

症状を正確に伝える「下痢日記」と「質問リスト」

診察の際、あなたの状態を客観的に、かつ正確に伝えるために「下痢日記」をつけることを強くお勧めします。

【下痢日記の記録項目】

  • 日付・時間、便の回数・性状(水様便、泥状便など)・色
  • 腹痛の有無と強さ、食事と水分の内容、服用した薬
  • その他気づいたこと(吐き気、だるさ、発熱など)

この記録に加え、診察の前に聞きたいことを「質問リスト」としてメモしておくと、聞き忘れを防げます。

《質問リストの例》

  • 「この下痢は、いつ頃まで続くと考えられますか?」
  • 「今の食事内容で問題ないでしょうか?他に工夫できることはありますか?」
  • 「次の治療の前に、下痢を予防するためにできることはありますか?」
  • 「この薬を飲んでも症状が改善しない場合、どうすればよいですか?」

ご家族・周囲の方にできる、心に寄り添うサポート

家族団欒

下痢のつらさは、患者さん本人にしかわかりません。体力的にも精神的にも疲れ果て、言葉を発するのもつらい時があります。そんな時、ご家族や周りの方の存在は、何よりの支えとなります。大切なのは「過剰な励まし」ではなく、「さりげない配慮」です。

  • 環境を整える: トイレに行きやすいよう動線を確保し、清潔に保つ。トイレットペーパーや清浄綿を補充しておく。
  • 具体的な提案をする: 「何か飲む?」ではなく、「おなかに優しい温かいお茶を淹れたけど、少し飲む?」と具体的に提案する。
  • 気持ちを受け止める: 患者さんは「大丈夫?」と心配されること自体に、申し訳なさを感じてしまうことがあります。ただそばにいて、「つらいね」「大変だね」と気持ちに寄り添い、静かに話を聞いてあげるだけで、心は大きく救われます。無理に聞き出そうとせず、本人が話したい時に耳を傾ける姿勢が大切です。

ご家族もまた、患者さんと一緒にがんと闘うチームの一員です。ご自身だけで抱え込まず、時には医療スタッフに相談するなどして、無理のない範囲でサポートを続けていきましょう。

最後に:あなたは一人ではありません

抗がん剤治療における下痢は、心身ともに大きな負担を強いる、本当につらい副作用です。しかし、これまで見てきたように、日々の暮らしの中に小さな工夫や正しいケアを取り入れることで、そのつらさを和らげ、生活の質を維持することは可能です。

「こんな些細なことで相談していいのだろうか」 「きっとみんな我慢しているんだから、自分も耐えなければ」

どうか、そのように一人で抱え込まないでください。あなたのつらさや不安は、医療チームにとって、治療を進める上で共有すべき大切な情報です。医師、看護師、薬剤師は、いつでもあなたの声に耳を傾ける準備ができています。

治療中であっても、あなたらしく、穏やかに過ごせる時間を一日でも多く作ること。それが、がんと向き合う上で何よりも大切なことです。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
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