抗がん剤の副作用「下痢」と上手に付き合うための工夫
薬物療法などのがんの治療を受ける際、多くの方が直面する副作用の一つに下痢があります。
薬剤の投与によって腸管の粘膜が直接的な影響を受けたり、腸の動きが過剰になったりすることで引き起こされます。
突然の腹痛や、1回あたりに出る便の状態の変化、何度もトイレへ向かう必要が生じることは、外出をためらう理由になるだけでなく、水分や栄養の吸収が妨げられ、体力の消耗につながる深刻な課題です。
こうした症状は、投与から24時間以内、あるいは数日以内の時期に現れる早発性のものと、一定の期間が経過した後に発症する遅発性のものに大別されます。
下痢の状態をただ我慢するのではなく、主治医やスタッフへ早めに相談し、適切な薬剤の使用や生活習慣の調整を検討することが大切です。
ここでは、下痢が起こりやすい仕組みの解説から、ひどくお腹が痛いとき、下痢が止まらない時の具体的な対処法の一覧、お腹に優しい食事、そしてご家族とともに取り組める心のケアまで、詳しくご案内します。
このコラムが、患者様が安心して過ごす時間を増やすための助けとなれば幸いです。
見逃してはいけない危険なサイン

薬物療法や放射線治療の過程で起こる下痢は、腸管の粘膜がダメージを受けていることを示す重要なサインです。
患者様ご自身で少しお腹の調子が悪いだけと判断を遅らせてしまうと、体力の低下や治療計画への影響につながる可能性があります。
下痢について解説する前に、まずは今の下痢症状の緊急性を確認しましょう。
もし以下のような症状が見られる際は、軽視せずに速やかに医師や看護士、薬剤師に連絡し、指示を仰いでください。
こんな症状があればすぐ病院へ
・ 排便の回数と便の状態
1日の排便回数が普段よりも大幅に増え、1回ずつの便が水のような状態で7回以上続く場合は、体内から急激に水分や電解質が失われている危険な状態です。
このような時は、腸の運動を抑制するための適切な処置や、点滴による水分補給を検討する必要があります。
・ 全身症状
下痢以外に38度以上の高い発熱を伴う場合は、薬物療法による骨髄抑制の影響で感染症を引き起こしている可能性が疑われます。
また、我慢できないほどの激しい腹痛や、しぶり腹と呼ばれる排便後もすっきりしない腹部の痛みが続く際も注意が必要です。
吐き気や嘔吐を伴い、口から水分を摂取すること自体が難しい時期には、24時間以内により専門的な医療管理を受ける必要があります。
・ 脱水の兆候
尿の量が極端に減っている、あるいは半日以上にわたって一度も出ないといった状況は、お体の機能が著しく低下しているサインです。
強いのどの渇きを感じたり、口の中や唇が乾いていたり、立ち上がった際にめまいがする、意識がぼんやりしてぐったりしているといった状態は、重度の脱水を起こしている可能性が高いです。
・ その他の異常
便に血が混じっている場合や、頻回の下痢によっておしりの周囲の皮膚が激しくただれて痛み、座ることも困難な時には、速やかな緩和ケアや薬剤の調整が期待されます。これらの症状は体内バランスの異常を招き、放置すると高いリスクにつながるため、早めの相談が何より重要です。
副作用の重症度分類
がんの治療現場では、副作用の程度を客観的に評価するためにグレードと呼ばれる分類法が用いられます。
この一覧を知っておくことで、ご自身の今の状態を適切に把握し、どのタイミングで医療機関へ連絡すべきかの目安となります。
・ グレード1(軽症)
普段の排便回数と比較して、1日に1回から3回程度増えた状態を指します。
この時期であれば、食事の工夫や水分補給といったセルフケアで経過を観察できることも多いですが、気になる点があれば記録に残しておくと診察の際に役立ちます。
・ グレード2(中等症)
普段よりも1日の排便回数が4回から6回程度増える状態です。
腹痛を伴ったり、外出が難しくなったりするなど、日常生活に支障が出始める時期です。
この段階に達したら無理をせず、早めに医療機関へ連絡しましょう。
・ グレード3(重症)
1日の回数が普段より7回以上増加する状態です。
ご自宅での管理は非常に困難であり、入院による24時間の全身管理や点滴が必要となるレベルです。
急激な体力の消耗を避けるためにも、迅速な対応が求められます。
・ グレード4(生命に関わる状態)
生命を脅かす極めて危険な状態で、集中治療器を用いた緊急の処置が行われる段階です。
ここまで悪化する前に、グレード2や3の段階で早めに医療機関へ相談し、症状の抑制を図ることが大切です。
セルフケアのみで対応が可能なのは、あくまで初期のグレード1の範囲内です。
それ以上の症状を自覚した際は、症状が自然に戻るのを待つのではなく、早期に対処を行うことが大切です。
毎日の暮らしでできるセルフケア

つらい下痢の症状を少しでも和らげるために、日々の生活でできる基本的な3つの柱「水分補給」「食事」「保温」について、詳しく見ていきましょう。
水分補給の極意:「何を」「いつ」「どう飲むか」
下痢の症状が続く際、最も注意すべきなのは水分と電解質が失われる脱水です。
薬物療法や放射線治療の影響で腸管の粘膜がダメージを受けている時期は、水分補給を最優先し、体力の消耗を抑制することが大切です。
・下痢の時におすすめの飲み物
最も推奨されるのは経口補水液です。失われた水分と塩分を効率よく吸収できるよう調整されており、薬剤の投与後の体調変化に備えて数本ストックしておくと安心です。
次にお勧めなのは常温の麦茶や白湯です。カフェインを含まず胃腸への刺激が少ないため、日常的な補給に適しています。
一方、スポーツドリンクは糖分が高く、腸を刺激して下痢を悪化させることもあるため、水で薄めて飲むなどの配慮が必要です。
・避けたほうがいい飲み物
冷たい飲み物やカフェイン、アルコール、牛乳、糖分の多いジュースなどは腸の動きを過剰にしたり、お腹にガスを溜めたりする原因となります。
症状が落ち着くまでは摂取を控え、お腹の状態を優先しましょう。
・水分を摂る際は
のどが渇く前に、こまめに飲むのが鉄則です。一度に大量に飲むと腸に負担をかけ、かえって下痢を誘発することがあります。
コップ一杯程度の分量を、時間をかけてゆっくり飲んでください。
吐き気がある時は、氷を口に含んで少しずつ溶かす方法も有効です。
食事は消化の良いものを
「何を食べたらいいかわからない」という不安は、下痢の時によく聞かれる声です。
基本は「消化が良く、腸を刺激しないもの」を選び、「少量ずつ、回数を分けて食べる(分食)」ことです。
【積極的に摂りたい食品】
主食
→ おかゆ、重湯、よく煮込んだうどん、パン粥、食パンの白い部分など。
たんぱく質
→ 鶏のささみや胸肉(皮なし)、白身魚(たら、かれいなど)、豆腐、卵(茶碗蒸し、卵とじなど)。
調理法は「蒸す」「茹でる」「煮る」が基本です。
野菜・果物
・水溶性食物繊維が豊富なもの
→ バナナ、すりおろしたりんごなど。
これらに含まれるペクチンは、便の水分を吸収して適度な硬さに整える働きがあります。
・よく煮込んだ野菜
→ にんじん、かぼちゃ、じゃがいも、大根など。
【なるべく避けたい食品】
・脂肪の多い食品(揚げ物、炒め物、脂身の多い肉など)
・刺激の強いもの(香辛料、香味野菜など)
・不溶性食物繊維の多いもの(生野菜、きのこ類、海藻類、ごぼうなど)
・乳製品(牛乳、ヨーグルトなど)
食事は体を作る基本ですが、つらい時は無理をせず、食べられるものを少しずつ口にするだけで十分です。
おなかを温める「温活」のすすめ
薬物療法や放射線治療を受ける時期、お腹の冷えは腸管の機能を低下させ、下痢を悪化させる一因となります。
体の内側と外側の両面から温めることが、症状の緩和につながります。
・外側からのケア
腹巻きやカイロを活用し、お腹の周囲を直接温めることが有効な方法です。
薄手の腹巻きは、夏場の冷房対策としても役立ちます。
また、ブランケットやレッグウォーマーなどの衣類を使い、下半身を冷やさない工夫も大切です。
入浴の際は、38度から40度程度のぬるめのお湯にゆっくりと浸かることで、心身ともにリラックスし、血行を促進する効果が期待されます。
・内側からのケア
飲み物は常温か温かいものを選択し、食事も温かいスープや煮物などを中心に摂取するようにしましょう。
胃腸への刺激を抑制し、お腹の状態を健やかな範囲へと戻るよう整えていくことが大切です。
一歩進んだケアと心のサポート

基本的なケアに加えて、知っておくと役立つ応用的なケアと、見過ごされがちな心の問題についてお伝えします。
肛門の周囲のスキンケア
下痢が続くと、肛門のまわりの皮膚がただれて、ヒリヒリとした痛みを伴うことがあります。
排便のたびに痛みが走るのは非常につらいものです。以下のスキンケアを徹底しましょう。
・「こすらない」洗浄
トイレットペーパーで強くこするのは厳禁です。
シャワートイレ(温水洗浄便座)を一番弱い水圧で使うか、ぬるま湯を入れたスプレーボトルでおしりを優しく洗い流しましょう。
・「押さえる」乾燥
洗浄後は、柔らかいタオルやガーゼで、ゴシゴシこすらずに、ポンポンと優しく押さえるようにして水分を拭き取ります。
・「バリアを作る」保護
皮膚を刺激から守るために、ワセリンや、撥水効果のある亜鉛華軟膏などを塗って、皮膚の表面に膜を作ります。
香料やアルコールなどの刺激物が入っていない、敏感肌用の製品を選ぶと良いでしょう。
痛みやただれがひどい場合は、我慢せずに医師や看護師に相談してください。
便秘と下痢をくり返す…その正体は?
「便秘が数日続いた後、突然水のような下痢が起こる」といった、便秘と下痢を繰り返す症状に悩む方もいます。
これは、腸内に硬い便が詰まり、その隙間を液体状の便が漏れ出している「溢流性下痢(いりゅうせいげり)」の可能性があります。
この状態で自己判断で下痢止めを服用すると、便秘を悪化させてしまう危険性があるため、必ず医師の診察を受けてください。
下痢がもたらす心への影響
下痢は身体的な苦痛だけでなく、心にも大きな影を落とします。
「またお腹が痛くなったらどうしよう」という不安から、電車や、買い物が怖くなってしまったり、周囲に気を使ってしまい、友人との食事や旅行といった楽しみを諦め、社会的に孤立してしまったりということがあります。
このような心のつらさは、決して特別なことではありません。まずは「つらいと感じていいんだ」と自分を認めてあげましょう。
その上で、以下のような対処法を試してみてください。
・体をリラックスさせる
ゆっくりと鼻から息を吸い、口から吐き出す「腹式呼吸」は、不安を司る自律神経を整えるのに効果的です。
・小さな気分転換を
外出が難しくても、家の中で好きな音楽を聴く、映画を観るなど、少しでも気分が紛れることを見つけましょう。
・誰かに話す
信頼できる家族や友人に、今の気持ちを伝えてみましょう。
もし身近な人に話すことが難しい場合は、病院のがん相談支援センターや、同じ経験を持つ仲間が集う患者会などを利用するのも一つの手です。
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下痢の状況を主治医に伝えよう

副作用対策で最も大切なことは、あなたの状態を医療チームに正確に伝えることです。
下痢止めの薬、自己判断はNG!
ドラッグストアには様々な下痢止めが売られていますが、抗がん剤治療中の下痢に自己判断で市販薬を使うのは避けてください。
医師は、下痢の原因を見極めた上で、腸の動きを抑える薬や腹痛を和らげる薬、整腸剤、漢方薬など、あなたの状態に最適な薬を処方します。
処方された薬は、指示通りに正しく服用することが、症状コントロールの鍵となります。
症状を正確に伝えるために
診察の際、あなたの状態を客観的に、かつ正確に伝えるためにお腹の記録をつけることを強くお勧めします。
【記録項目】
・日付・時間、便の回数・性状(水様便、泥状便など)・色
・腹痛の有無と強さ、食事と水分の内容、服用した薬
・その他気づいたこと(吐き気、だるさ、発熱など)
この記録に加え、診察の前に聞きたいことを「質問リスト」としてメモしておくと、聞き忘れを防げます。
《質問リストの例》
「この下痢は、いつ頃まで続くと考えられますか?」
「今の食事内容で問題ないでしょうか?他に工夫できることはありますか?」
「次の治療の前に、下痢を予防するためにできることはありますか?」
「この薬を飲んでも症状が改善しない場合、どうすればよいですか?」
家族ができるサポートとは

下痢のつらさは、患者さん本人にしかわかりません。体力的にも精神的にも疲れ果て、言葉を発するのもつらい時があります。そんな時、ご家族や周りの方の存在は、何よりの支えとなります。大切なのは「過剰な励まし」ではなく、「さりげない配慮」です。
・環境を整える
トイレに行きやすいよう動線を確保し、清潔に保つ。
トイレットペーパーや清浄綿を補充しておく。
・具体的な提案をする
「何か飲む?」ではなく、「おなかに優しい温かいお茶を淹れたけど、少し飲む?」と具体的に提案する。
・気持ちを受け止める
患者さんは「大丈夫?」と心配されること自体に、申し訳なさを感じてしまうことがあります。
ただそばにいて、「つらいね」「大変だね」と気持ちに寄り添い、静かに話を聞いてあげるだけで、心は大きく救われます。
無理に聞き出そうとせず、本人が話したい時に耳を傾ける姿勢が大切です。
ご家族もまた、患者さんと一緒にがんと闘うチームの一員です。
ご自身だけで抱え込まず、時には医療スタッフに相談するなどして、無理のない範囲でサポートを続けていきましょう。
あとがき
薬物療法や放射線治療といったがんの治療において、下痢は腸管の粘膜への影響などから生じる、非常に負担の大きい副作用です。
しかし、薬剤の投与に伴う変化を適切に把握し、生活の中に小さな工夫を一つずつ取り入れることで、そのつらさを抑制し、緩和へとつなげることは十分に可能です。
「この程度のことで相談しても良いのだろうか」という迷いや、周囲への遠慮から、お一人で症状を抱え込んでしまう時期もあるかもしれません。
しかし、患者様が感じている不安や身体の変化は、治療を安全に進める上で、主治医や看護スタッフ、薬剤師が共有すべき極めて大切な情報です。
治療を継続する時期であっても、ご自身の生活の質を大切にし、穏やかな時間を一日でも多く持つこと。それが、前向きに病と向き合うための大きな力となります。
このコラムでご紹介した一覧やヒントが、日々の安心を支えるための助けとなることを願っています。
