抗がん剤で耳鳴りが起きるのはなぜ?不安や不眠を和らげるための対処法
抗がん剤治療において、脱毛や吐き気といった副作用は広く知られています。
しかし、耳鳴りや難聴といった「耳」に関連する症状については、これまであまり表立って取り上げられる機会が少ない服作用でした。
ですが、聴覚は他者とのコミュニケーションや安全な日常生活を支える極めて重要な感覚です。
耳鳴りは目に見えない副作用であり、周囲にそのつらさが伝わりにくいだけでなく、患者様の精神面や生活の質(QOL)にも大きな影響を及ぼします。
なぜ抗がん剤によって耳鳴りが起きるのか、そしてそれによって生じる不安や不眠といった心の不調にどう向き合えばよいのかについて、コラム形式で詳しくまとめました。
抗がん剤治療と耳鳴りの関係

耳鳴りの定義
耳鳴りとは、周囲で実際に音が鳴っていないにもかかわらず、耳の中や頭の中で音が聞こえる現象を指します。
聞こえる音の種類は人によって異なります。「キーン」という高い金属音や、「ジー」というセミの鳴き声のような音、あるいは「ボー」という低い音など、様々です。
抗がん剤治療中に現れる耳鳴りは、多くの場合に両方の耳で同時に発生します。そして、静かな場所にいるときほど強く感じられる傾向があります。
また、耳鳴りと共に「耳が詰まった感じ(耳閉感)」や「音がこもって聞こえる」といった症状を伴うことも少なくありません。
これらの症状は、一時的なものから治療後も継続するものまで個人差が大きいため、自身の状態を正確に把握することが重要です。
抗がん剤が耳に影響する原因
抗がん剤が耳に影響を与える主な理由は、薬剤が持つ「耳毒性(じどくせい)」にあります。
私たちの耳の奥にある内耳には、音の振動を電気信号に変換して脳に伝える「有毛細胞(ゆうもうさいぼう)」が存在します。
この細胞は非常に繊細で、一度壊れると再生することが困難な組織です。
特定の抗がん剤は、この有毛細胞に対して直接的なダメージを与えたり、内耳の血液循環を妨げたりすることで、聴覚障害を引き起こします。
正常な信号が脳に伝わらなくなると、脳はその不足を補おうとして過剰に反応してしまいます。その結果として、実際には存在しない音を作り出してしまうのです。
これが抗がん剤治療に伴う耳鳴りのメカニズムです。
耳鳴りを引き起こす主な要因

耳毒性が報告されている抗がん剤
すべての抗がん剤で、耳鳴りの症状が起きるわけではありません。
特に耳毒性が高いことで知られているのは、プラチナ製剤と呼ばれるグループの薬剤です。
・シスプラチン
最も耳毒性が現れやすい薬剤の一つで、高い音域の難聴や耳鳴りを引き起こす頻度が高いことが報告されています。
・カルボプラチン
シスプラチンに比べると頻度は低いですが、大量投与の際などに症状が現れる可能性があります。
これらの薬剤は、投与量や回数が増えるほど耳への影響が大きくなる性質を持っています。
そのため、治療が進行するにつれて症状が顕著になるケースが多く見られます。
放射線治療による影響
頭頸部のがんなどで、耳の周辺に放射線治療を行っている場合も、耳鳴りや難聴の原因となります。
放射線はがん細胞だけでなく、周囲の正常な組織や血管にも影響を与えます。そのため、内耳の血流が悪化したり、中耳に炎症(中耳炎)が起きたりすることで症状が誘発されます。
抗がん剤と放射線治療を併用する化学放射線療法を行っている場合は、それぞれが単独で行われる場合よりも、耳への負担が大きくなる可能性を考慮する必要があります。
併用薬による影響
治療中に使用される抗がん剤以外の薬が、耳鳴りを悪化させることがあります。
例えば、一部の利尿剤や抗菌薬、あるいは解熱鎮痛剤の中にも、耳毒性を持つものが存在します。
これらの薬を抗がん剤と同時に使用することで、相乗的に耳へのダメージが強まってしまうケースがあります。
現在服用しているすべての薬の情報を医師や薬剤師に共有しておくことは、予期せぬ副作用を防ぐ上で非常に重要です。
耳鳴りが起きやすい人の特徴

年齢や聴力
加齢に伴う聴力の低下(老人性難聴)がある方は、抗がん剤による耳のダメージをより強く感じやすい傾向があります。
もともと有毛細胞の数が減少している状態に薬剤の負荷が加わることで、症状が急激に表面化するためです。
また、小児のがん治療においても、発達段階にある耳の組織は薬剤の影響を受けやすくなっています。
そのため、将来的な学習や言語獲得への影響を考慮した慎重なモニタリングが必要となります。
生活習慣や既往歴
過去に長期間、騒音の大きい職場環境で働いていた方や、中耳炎などの耳の疾患を繰り返してきた方は、抗がん剤による耳鳴りが起こりやすい可能性があります。
これらの既往歴は、耳の構造や聴覚機能に負担を蓄積させ、薬剤の影響を受けやすい状態をつくる一因になると考えられています。
さらに、糖尿病や高血圧といった全身性の疾患も重要なリスク因子です。
これらの病気は内耳に張り巡らされた微細な血管の働きに影響を与え、血流の低下や組織の脆弱化を招くことがあります。
その結果、抗がん剤によるダメージが生じやすくなる可能性があります。
今すぐ見る
病院での診断と検査

治療前後の聴力検査
抗がん剤による耳の影響を客観的に評価するためには、聴力検査が欠かせません。
理想的なのは、治療開始前に検査を受けておき、ご自身の本来の聞こえの状態(ベースライン)を確認しておくことです。
治療中に定期的な検査を行うことで、自覚症状が出る前の微かな変化を捉えることが可能になります。
特に高い音域の聞こえが低下し始めた段階で対策を検討できれば、重症化を防ぐことにも繋がります。
検査結果を時系列で比較し、数値として変化を確認することは、医師が治療方針を決定する上での貴重な判断材料となります。
耳鼻咽喉科専門医による診断を
耳の構造は非常に複雑で、わずかな変化でも原因が多岐にわたるため、専門的な視点が欠かせません。
がんの主治医は全身の状態を管理していますが、耳の細かな変化については耳鼻咽喉科の専門医による診断を受けることが推奨されます。
耳鼻咽喉科では、内視鏡による詳細な観察や、より精密な聴力検査を行います。
それらを通じ、耳鳴りが抗がん剤の影響によるものなのか、あるいは耳垢の詰まり、鼓膜の異常、加齢変化など別の要因によるものなのかを丁寧に切り分けます。
専門的な立場からの評価を受けることで、補聴器の利用や特定の治療法の検討など、より具体的な解決策に辿り着きやすくなります。
不安への対処法

ストレスと耳鳴りの悪循環
耳鳴りが患者様に与える最大の苦痛は、音が鳴り続けることによる精神的な疲労です。
耳鳴りは、静かな夜間などに特に大きく聞こえてしまいます。それによって、「このまま音が止まらなかったらどうしよう」「治療を続けたら聞こえなくなるのではないか」といった不安を増幅させます。
この不安やストレスは、脳の自律神経系を刺激し、さらに耳鳴りに対する過敏さを高めてしまうという悪循環を生みます。
耳鳴りを敵として排除しようと強く意識すればするほど、脳はその音に注意を向けてしまい、より大きく、より不快に感じられるようになるのです。
この心のメカニズムを客観的に理解しておくことが、過度なパニックを防ぐための助けとなります。
睡眠障害と集中力の低下
耳鳴りによって寝付きが悪くなったり、夜中に目が覚めたりする睡眠障害は、体力や免疫力の低下を招くため、がん治療において軽視できない問題です。
また、日中も音が気になって読書や会話に集中できなくなることで、日常の楽しみが奪われ、抑うつ的な気分になることもあります。
このような場合は、以下のような具体的な対処法を組み合わせて活用しましょう。
・環境音の利用
静かすぎる環境を避けましょう。
加湿器の音やラジオ、ヒーリングミュージックなどを流すのもおすすめです。
これにより、耳鳴りと周囲の音との対比を和らげることができます(サウンドマスキング)。
・睡眠の質を確保
医師に相談し、一時的に睡眠導入剤や安定剤を利用することも有効な手段です。
睡眠をしっかり取ることで、翌日の耳鳴りに対する耐性が高まります。
・耳鳴りへの注意をそらす
趣味や軽い運動など、自分の意識が別の方向に向く時間を増やしてみましょう。
これにより、脳が耳鳴りを「重要な情報ではない」と判断するのを助けます。
医療者への相談とメンタルケア
耳鳴りのつらさを「些細なことだから」と我慢する必要はありません。
主治医や看護師、あるいはカウンセラーに現在の不安を具体的に伝えることは、精神的な負担を軽減するだけでなく、治療計画の調整(減量や休薬の検討)に繋がる重要な情報共有です。
専門的な治療法として、耳鳴りを「不快な音」として捉えないように脳を訓練する「耳鳴り再訓練療法(TRT)」などもあります。
また、聞こえの低下が著しい場合は、適切な補聴器を使用することで周囲の音が入るようになり、相対的に耳鳴りが気にならなくなる効果も期待できます。
耳鳴りを防ぐために

治療開始前に行うべき準備
治療が始まる前には、まず自分の耳の状態を確認しておくことが大切です。
普段から耳鳴りや聞こえにくさを感じていないか、耳の痛みや詰まった感覚がないかを振り返り、少しでも気になる点があれば早めに医師へ伝えておくと、治療中の変化に気づきやすくなります。
また、抗がん剤治療中は耳への刺激をできるだけ避けることが重要です。
コンサート会場や工事現場など大きな音が発生する場所を避けたり、長時間のイヤホン使用を控えたりすることで、内耳への負担を減らすことができます。
こうした日常的な工夫が、耳鳴りの悪化を防ぐ助けになります。
さらに、内耳の血流を良好に保つためには、こまめな水分補給や栄養バランスの整った食事も欠かせません。
直接的な予防策ではないものの、体調を整えることで耳の健康を支えることにつながります。
治療前からこうした準備をしておくことで、より安心して治療に臨めます。
早期発見のためのセルフチェック
日常生活の中で、「高い音が聞き取りにくくなった(体温計の音など)」「複数人の会話で内容が聞き取りにくい」といった変化がないか確認してください。
これらは、難聴が始まっている初期のサインである可能性があります。
また、耳鳴りの音量や頻度が急激に増したと感じたときは、次の診察を待たずに医療機関へ相談しましょう。
早期に対応することで、不可逆的なダメージを最小限に抑えられる可能性が高まります。
治療終了後も経過観察を
抗がん剤による耳の影響は、治療が終わった後に現れたり、長期にわたって残ったりすることがあります。
治療後も定期的に聴力を確認し、必要に応じて補聴器などの利用を検討しましょう。
最新の補聴器は、耳鳴りを軽減する機能を備えたものも多くあります。専門医や認定補聴器技能者と相談しながら、自身に最適なサポートツールを見つけることが可能です。
おわりに
耳鳴りは、あなたの身体が治療という大きな変化に対して懸命に応答している現れでもあります。
その音を完全に消し去ることは現代の医療でも簡単ではありませんが、正しい知識を持ち、適切に対処することで、生活への影響を最小限に抑えることは十分に可能です。
一人で静かな夜に耳鳴りと向き合っているとき、孤独や不安を感じることもあるでしょう。
そんなときは不安を言葉にし、周囲のサポートを積極的に利用してください。
副作用管理の技術は進歩しており、患者様が抱える見えない痛みに対する理解も深まっています。
患者様が聴覚を守りながら、無理のないペースで治療の道のりを進んでいけるように願っています。
