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抗がん剤治療の過程で、鼻血などの出血症状を経験される患者様は少なくありません。

これまで鼻血を出す習慣がなかった方にとっては、突然の出血が起こると驚きや不安につながり、「治療がうまくいっていないのでは」と心配されることもあります。

しかし、こうした変化は化学療法に伴う身体の反応として医学的に説明できるもので、決して珍しいものではありません。

もし鼻血が出て、血が止まりにくい状態にあるときでも落ち着いて対応できるよう、原因や仕組みを正しく理解しておきましょう。

どのような状況で起こりやすいのか、どの程度様子を見るべきかを知っておくことで、日常生活の安心感も大きく変わります。

本コラムでは、鼻血が起こる主な理由から、日常生活でできる予防の工夫、そして医療機関へ相談する目安までを、できるだけ分かりやすく解説します。

治療中の不安を少しでも軽くし、安心して療養生活を続けるための一助となれば幸いです。

鼻を押さえる高齢の女性

原因は血液成分の変化

抗がん剤はがん細胞の増殖を抑える一方で、血液を作る場所である骨髄の働きにも影響を及ぼします。

これを「骨髄抑制」と呼び、赤血球・白血球・血小板といった血液成分が一時的に減少することがあります。

なかでも血小板は、血管が傷ついたときに血液を固めて出血を止める重要な役割を担っています。

血小板の数が基準値を下回ると、普段なら自然に止まるような小さな出血でも止まりにくくなり、あざができやすくなるなどの出血傾向が現れます。

鼻の粘膜には細い血管が密集しており、乾燥やちょっとした刺激でも傷つきやすいため、血小板が減少している時期には鼻血として症状が表れやすくなります。

さらに、抗がん剤の種類によっては粘膜そのものが敏感になり、わずかな摩擦や鼻をかむ動作でも出血が起こりやすくなることがあります。

こうした仕組みを理解しておくことで、治療中に鼻血が起きても過度に心配せず、落ち着いて対処しやすくなります。

乾燥による粘膜への影響も

抗がん剤は新陳代謝の活発な細胞に作用するという特長があります。そのため、鼻の中の粘膜も影響を受けやすくなります。

粘膜の再生が遅れると、表面が薄くデリケートな状態になり、普段なら問題にならないような刺激でも傷つきやすくなります。

さらに、治療に伴う体調の変化や季節・室内環境による乾燥が重なると、粘膜の表面に細かな亀裂が入り、カサブタができやすくなります。
このカサブタが自然に剥がれる際、下にある血管が露出し、そこから出血が起こることで鼻血が繰り返されることがあります。

特に、鼻の内部は細い血管が密集している箇所です。そのため、わずかな摩擦や鼻をかむ動作でも出血につながりやすくなります。

このように、血を止める力の低下と粘膜そのものの弱さが重なることで、治療中は鼻血が起こりやすい状態になります。

血液検査の結果

血小板が減少する時期

使用する抗がん剤の種類や投与量によって異なりますが、血小板は一般的に投与から1〜2週間後に最も低くなる傾向があります。

この時期は、外見上は普段と変わらなくても、体の中では出血を止める力が弱まっているため、日常生活の中で小さな刺激でも出血につながりやすくなります。

鼻血やあざができやすくなるほか、歯磨きの際に歯ぐきから血がにじんだり、入浴中に肌をこすっただけで赤みが出ることもあります。

鼻の粘膜は特に血管が細かく集まっているため、乾燥や軽い摩擦でも傷つきやすく、血小板が少ない時期には鼻血として症状が現れやすくなります。

そのため、血液検査の結果を確認し、ご自身の血小板の数値がどの程度変化しているかを把握しておくことは、症状を予測し、適切な対策を講じるための客観的な指標となります。

数値の推移を知っておくことで、「今は特に注意が必要な時期なのか」「どのような場面で気をつけるべきか」を判断しやすくなり、日常生活をより安心して過ごすための助けになります。

日常生活に潜む出血

粘膜が弱くなっている時期には、日常の何気ない動作が出血の引き金になることがあります。

例えば、強く鼻をかむときにかかる圧力や、洗顔時に無意識にこすってしまう摩擦、あるいは就寝中に枕や布団に鼻が触れるといった些細な刺激でも、敏感になった粘膜には負担となることがあります。

乾燥した室内環境や季節的な空気の乾燥も、粘膜をさらに弱くする要因として知られています。

また、便秘によって排便時に強く力むことも、頭部の血圧を一時的に上昇させ、鼻血を誘発する要因となる場合があります。

こうした身体の仕組みを理解しておくことで、「なぜ今の時期に鼻血が起こりやすいのか」を冷静に捉えられるようになります。

突然鼻血が出た女性のイラスト

圧迫止血の手順

鼻血が出たときは、まず落ち着いて、次の手順で止血を試みてください。

慌てずに正しい姿勢と方法をとることで、多くの場合は数分から十数分ほどで自然に止まります。

・座った姿勢で軽く下を向く
 → 横になると血が喉に流れ込みやすく、むせ込みや吐き気につながることがあります。
   椅子に腰かけ、背筋を軽く前に倒す姿勢を保ちましょう。
・小鼻を強くつまむ
 → 鼻の柔らかい部分(小鼻)を親指と人差し指で強めに圧迫します。
   途中で離すと再び出血しやすくなるため、5〜10分ほどはそのまま固定することが大切です。
・鼻の付け根を冷やす
 → 冷たいタオルや保冷剤を鼻の付け根に当てると、血管が収縮し止血を助けます。
   直接肌に当てる場合は、薄い布で包むと刺激が少なく安心です。
・喉に流れた血は吐き出す
 → 血液が胃に入ると気分が悪くなることがあるため、無理に飲み込まず静かに吐き出してください。

これらの手順を知っておくことで、突然の鼻血にも落ち着いて対応しやすくなります。

こんな時は医療機関に連絡を

以下のような状況が見られる場合は、無理に自分で対処しようとせず、速やかに主治医や看護師、または夜間窓口へ連絡してください。

・20分以上圧迫を続けても止血されない場合
・多量の出血が続き、喉に流れ込む血で呼吸が苦しい場合
・鼻以外(歯ぐき、皮膚の広範囲なあざ、血便、血尿など)からも出血がある場合
・強いめまい、ふらつき、冷や汗など、貧血や血圧低下が疑われる症状がある場合

これらの症状は、血小板が大きく減っている可能性や、別の対応が必要なサインであることがあります。

早めに相談することで、状況に応じた適切な判断や処置につながります。

「これくらいで連絡していいのだろうか」と遠慮する必要はありません。気になる変化があれば、ためらわずに医療スタッフへ伝えることが大切です。

手を広げて話す医師

まずは止血に集中を

突然の出血や、血が止まりにくい状況に直面した際、多くの患者様が不安や緊張を感じるのは自然な反応です。

出血は視覚的にもショックを受けやすいものです。慌ててパニックになってしまい、冷静な判断ができなくなることもあります。

このようなときは、まず「現在は治療の影響で血が止まりにくい状態なのだ」という事実を頭の中で再確認し、止血の手順を一つずつ実行する、という行動だけに意識を向けてください。

客観的な状況把握に努めることが、過度な緊張を和らげ、結果として血圧を安定させて出血を止めることに繋がります。

主治医への共有も忘れずに

鼻血が出たときに、一人で何とかしようと抱え込む必要はありません。起きた出来事をそのまま医療スタッフに伝えることは、治療を安全に続けるうえでとても大切です。

たとえば、出血がどれくらいの頻度で起きたのか、止まるまでにどのくらい時間がかかったのかといった情報は、治療の調整を考える際の参考になります。

こうした具体的な状況を共有することで、次回の投与量の検討や、必要に応じた薬の処方など、より適切な対応につながります。

また、「大げさだと思われたらどうしよう」「心配をかけたくない」と不安を胸の内にしまい込んでしまう方もいますが、症状の報告は感情ではなく、治療に必要な情報として扱われるものです。

遠慮せずに伝えることで、医療スタッフとの連携がスムーズになり、安心して療養生活を送るためのサポートを受けやすくなります。

卓上の加湿器

鼻粘膜の保湿と加湿

鼻血を予防する上で最も実用的な対策は、粘膜の乾燥を防ぐことです。

・保湿剤の塗布
 → 綿棒を用いて、鼻の入り口付近にワセリンを薄く塗ることで、粘膜の乾燥と亀裂を防ぐことができます。
・室内環境の調整
 → 加湿器を使用して、湿度を50パーセントから60パーセントに保ちましょう。
・マスクの活用
 → 就寝中や外出時にマスクを着用することで、呼気による保湿効果が得られます。

物理的刺激の緩和

粘膜への不要な刺激を避けるため、以下の習慣を意識してください。

・鼻をかむ際は、片方ずつ、優しく押さえる程度に留めます。
・鼻の中を指で触れたり、カサブタを無理に剥がしたりしないように注意しましょう。
・ティッシュペーパーは、保湿成分を含んだ柔らかい素材のものを選びましょう。

身体の内側からのケア

全身の状態を整えることも、出血しにくい体づくりに寄与します。

・こまめな水分補給
 → 体内の水分不足は粘膜の乾燥に直結します。
・排便時に力みすぎないよう注意
 → 便秘による力みを防ぐため、食物繊維の摂取や、必要に応じた緩下剤の使用を主治医と相談してください。
・口腔ケア
 → 歯ぐきからの出血を防ぐため、柔らかい歯ブラシの使用を心がけ、口腔内の清潔を保ちましょう。

抗がん剤治療中に現れる鼻血は、骨髄抑制や粘膜の変化といった明確な理由に基づいて起こる副作用です。正しい止血方法を身につけ、日頃から保湿などの予防策を取り入れることで、多くの場合は落ち着いて対処できる範囲に収まります。

症状が出ると不安を感じることもありますが、仕組みを理解しておくことで「なぜ起こるのか」が見えてきて、必要以上に心配せずに向き合えるようになります。

また、鼻血は治療がうまくいっていないサインではなく、身体が薬の影響を受けている過程で起こり得る変化のひとつです。

気になる症状があれば遠慮せず医療スタッフに相談し、状況を共有することが大切です。

適切なサポートを受けながら対策を続けることで、治療中でも安心して日常生活を送ることができます。

本コラムが、鼻血という症状に対する不安を少しでも軽くし、治療と向き合う際の心の支えとなれば幸いです。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。

「食べたいのに食べられない」「何を作ってあげたらいいのかわからない」――膵臓がんの治療を受けている方やそのご家族から、こうした声をよくお聞きします。

治療前は当たり前だった食事が、突然大きな課題になってしまう。そんな戸惑いや不安を感じている方も多いのではないでしょうか。

このコラムでは、膵臓がん治療中の食事について、なぜ食べることが難しくなるのか、そしてどんな工夫をすれば少しでも食べやすくなるのかを、具体的にお伝えします。

「これならできそう」と思える方法を、一つでも見つけていただければ幸いです。

食欲不振の女性

膵臓の機能低下による影響

膵臓は、私たちが食べたものを消化するための酵素を作り出す重要な臓器です。

この酵素があるからこそ、食べ物の栄養を体に取り込むことができます。

膵臓がんやその治療によって膵臓の機能が低下すると、消化酵素の分泌が減少し、特に脂質やたんぱく質の消化がうまくいかなくなることがあります。

その結果、少し食べただけでお腹が張ったり、脂っこいものを受け付けなくなったり、食後に腹部の不快感を感じることがあります。

また、膵臓はインスリンという血糖値を調整するホルモンも分泌しているため、治療によって血糖値のコントロールが難しくなる方もいらっしゃいます。

こうした症状は膵臓の機能低下によるもので、決してあなたの努力が足りないわけではありません。

治療の副作用による影響

抗がん剤治療や放射線治療を受けている場合、治療そのものの副作用によっても食事が難しくなります。

吐き気や嘔吐、味覚の変化、口内炎、食欲不振などが現れることがあり、匂いに敏感になることもあります。

例えば、いつも好きだった味付けが急に受け付けなくなったり、金属のような味を感じるようになったり、調理中の匂いだけで気分が悪くなることもあります。

こうした変化は一時的なものが多いですが、治療中は日々の食事に大きな影響を与えます。

体重計とメジャー

体重維持を最優先に

治療中に最も大切なのは、体重を維持することです。

体重が大きく減少すると体力が落ち、治療を続けることが難しくなる可能性があります。

研究でも、体重を維持できている患者様のほうが治療の効果が高いことが示されています。

完璧な栄養バランスよりも「食べられるものを食べる」

食べられないときは、以下のような考え方で大丈夫です。

  • 好きなものや食べやすいものから始める
  • 少量でも口にすることを優先する
  • 栄養バランスは後から整えていく

少量ずつ、回数を分けて

一度にたくさん食べることが難しい場合は、1回の食事量を減らして食事の回数を増やす方法があります。

例えば、朝食(7時)、午前の軽食(10時)におにぎり半分やバナナ、昼食(12時)、午後の軽食(15時)にプリンやヨーグルト、夕食(18時)、そして夜食(21時)に温かいスープといった具合です。

「3食きちんと食べなければ」というプレッシャーを感じる必要はありません。

食べられるタイミングで、食べられる量を口にすることが大切です。

消化しやすい調理法を選ぶ

膵臓に負担をかけないためには、消化しやすい調理法を選ぶことが重要です。

蒸す、煮る、茹でる、電子レンジで加熱するといった方法は、揚げたり大量の油で炒めたりするよりも消化の負担が少なくなります。

焼く場合も、焦げ目をつけすぎないように気をつけましょう。

ただし、これは「絶対に揚げ物を食べてはいけない」という意味ではありません。

体調の良いときや食欲があるときには、好きなものを食べることも心の栄養になります。

料理をする夫婦

食材を柔らかくする方法

硬い食材は噛む力も必要で、消化にも時間がかかります。

食材を柔らかくする工夫をすることで、ぐっと食べやすくなります。

肉類を柔らかくする方法
・繊維を断つように切る(繊維に対して直角に包丁を入れる)
・肉たたきで筋を切る
・酒や塩麹に30分ほど漬け込む
・圧力鍋で煮込む
・フォークで数カ所刺してから調理する
例えば、鶏むね肉は繊維に対して直角に包丁を入れ、酒や塩麹に漬け込んでから調理すると、驚くほど柔らかく仕上がります。
煮込み料理にする場合は、圧力鍋を使えば短時間で食材がとろとろになります。

野菜を柔らかくする方法
・長時間煮込む、または蒸す
・大根やにんじんは米のとぎ汁で下茹でする
・葉物野菜は茎の部分を細かく刻んでから加熱する
・繊維の多い野菜は皮をむいて使う

食材を細かくする工夫
食材を細かくすることで、噛む負担も消化の負担も軽減できます。
・包丁で細かくみじん切りにする
・フードプロセッサーやミキサーを活用する
・すりおろす
・裏ごしする

実践例
・野菜をみじん切りにして卵でとじる
・肉や魚をミンチ状にしてつくねやハンバーグにする
・おかゆに細かく刻んだ野菜や魚を入れて煮込む
・野菜をスープやポタージュにする

噛むことが辛いときは、思い切ってペースト状にするのも一つの方法です。

市販の介護食用のとろみ剤を使えば、飲み込みやすい形態に調整することもできます。

温度調整のポイント

食べ物の温度も、食べやすさに大きく影響します。

最適な温度は人肌程度(約40度前後)がよいでしょう。

温度調整の工夫
・スープや煮物は少し冷ましてから提供する
・冷蔵庫から出したものは5〜10分常温に置く
・電子レンジで温めた後、かき混ぜて温度を均一にする

熱すぎるものは口や喉に刺激を与え、冷たすぎるものは胃腸に負担をかけることがあります。

「ちょうどいい温度」を見つけることが大切です。

味付けのバリエーション

治療中は味覚が変化することがあります。

人によって変化はさまざまですが、以下のような工夫で対応できます。

塩味が感じにくいとき
・だしをしっかり取って旨味を強くする
・レモン汁や酢で酸味を加える
・昆布や鰹節、干し椎茸などでだしを重ねる

甘みを強く感じるとき
・しょうが、みょうが、大葉などの香味野菜を活用する
・酸味や辛味で味にメリハリをつける
・だしや旨味を強調する

金属の味が気になるとき
・プラスチックや木製のスプーンを使う
・陶器の器を使う
・冷たくする(金属味を感じにくくなる)
・柑橘類の酸味を加える

胸を押さえる女性

吐き気があるとき

吐き気があるときは、水分が多くさっぱりしたものが食べやすくなります。

おかゆ、うどん、そうめん、果物のコンポート、ゼリー、プリン、アイスクリーム、冷やしたおにぎりなどが候補になります。

匂いの強いものは避け、冷たいものや常温のもののほうが受け入れやすいことが多いです。

生姜には吐き気を和らげる効果があるとされていますので、生姜湯や生姜を少し加えたスープを試してみるのも良いでしょう。

また、食事の前に少し休憩を取る、食後すぐに横にならず30分ほど上体を起こしておくといった工夫も効果的です。

食欲がないとき

食欲がないときは、「食べなければ」というプレッシャーがかえって負担になることがあります。

無理に食べようとせず、好きなものや食べたいと思えるものを優先してください。

栄養価の高いものを少量食べるのも一つの方法です。例えば、卵1個(茶碗蒸しや温泉卵など)、アボカド半分、ヨーグルト1カップ、バナナ1本、チーズ1切れなど、小さくても栄養のあるものを選びます。

市販の栄養補助食品(ドリンクタイプやゼリータイプ)は、少量で高カロリー・高たんぱくを摂取できるため、食欲がないときの強い味方になります。

下痢が続くとき

下痢が続くと、水分と電解質(塩分やカリウムなど)が失われます。まずは水分補給を最優先にしてください。

水やお茶だけでなく、薄めたスポーツドリンクや経口補水液を飲むことで、失われた電解質を補うことができます。

常温または温かい飲み物のほうが、冷たすぎるものより胃腸に優しいです。

食事は、消化の良いものを中心にします。おかゆ、うどん、白身魚、豆腐、バナナ、りんごのすりおろしなどが適しています。

脂質の多いものや繊維質の多い野菜、香辛料の強いものは控えめにすると良いでしょう。

口内炎があるとき

口内炎があるときは、刺激の少ないものを選ぶことが大切です。

熱いもの、辛いもの、酸っぱいもの、硬いもの、塩辛いものは避け、柔らかく温度の低いものを選びます。

豆腐、茶碗蒸し、プリン、ゼリー、ヨーグルト、ポタージュスープ、冷ました卵粥などが適しています。

パンは硬いですが、牛乳やスープに浸して柔らかくすれば食べやすくなります。

ストローを使って飲み物を飲むと口内炎に触れにくくなることもあります。

人肌程度の温度にしたり、片栗粉などでとろみをつけたりする工夫も有効です。

ここでは、実際に作りやすく、食べやすいメニューを3つご紹介します。

白身魚のミルク煮

白身魚のミルク煮

材料(1人分)

  • 白身魚(タラ、カレイなど):1切れ(80g程度)
  • 牛乳:150ml
  • コンソメ(顆粒):小さじ1/2
  • 塩:少々
  • 玉ねぎ(薄切り):1/4個
  • 水溶き片栗粉:適量

作り方(調理時間:約15分)
①白身魚は骨を取り除き、一口大に切る
②鍋に牛乳、コンソメ、玉ねぎを入れて中火にかける
③沸騰直前で白身魚を加え、弱火で5〜7分煮る
④塩で味を整える
⑤水溶き片栗粉でとろみをつけて完成

ポイント
・牛乳のまろやかさで魚の臭みが消える
・たんぱく質とカルシウムを同時に摂取できる
・とろみをつけることで飲み込みやすくなる

野菜たっぷり卵がゆ

野菜たっぷり卵がゆ

材料(1人分)

  • 白米:1/4カップ(50g)
  • 水:600ml
  • だし昆布:5cm角1枚
  • 人参(みじん切り):大さじ2
  • 大根(みじん切り):大さじ2
  • ほうれん草(細かく刻む):大さじ2
  • 溶き卵:1個分
  • 塩:少々

作り方(調理時間:約40分)
①鍋に米、水、だし昆布を入れて強火にかける
②沸騰したら弱火にし、時々かき混ぜながら40分煮る
③人参と大根を加えてさらに10分煮る
④ほうれん草を加えて2分煮る
⑤溶き卵を回し入れ、軽く混ぜる
⑥塩で味を整えて完成

ポイント
・だし昆布で旨味をプラス
・野菜を細かく刻むことで消化しやすい
・卵でたんぱく質も摂取できる
・水分量を調整して五分がゆや全がゆにもできる

バナナヨーグルトスムージー

バナナヨーグルトスムージー

材料(1人分)

  • バナナ:1本
  • プレーンヨーグルト:100g
  • 牛乳:100ml
  • はちみつ:小さじ1(お好みで)
  • きな粉:小さじ1(お好みで)

作り方(調理時間:約3分)
①バナナを適当な大きさに切る
②すべての材料をミキサーに入れる
③なめらかになるまで30秒〜1分ミキサーにかける
④グラスに注いで完成

ポイント
・バナナの甘みで砂糖不要
・エネルギー、たんぱく質、カルシウムが手軽に摂取できる
・きな粉を加えると栄養価がさらにアップ
・冷たすぎる場合は少し常温に戻してから

色々な種類のケーキ

膵臓に負担をかける可能性のある食品については、知っておくことが大切です。

脂質の多い食品

具体例
・揚げ物(天ぷら、フライ、唐揚げなど)
・脂身の多い肉(バラ肉、ベーコンなど)
・生クリームを使った料理
・バターやマーガリンを大量に使った料理
消化に多くの膵酵素を必要とするため、膵臓に負担をかけます。
完全に避ける必要はありませんが、体調が優れないときは控えめにすることをお勧めします。

アルコール

アルコールは膵臓に直接的な負担をかけるため、治療中は避けることが推奨されています。

ノンアルコール飲料で代替することもできます。

香辛料の強い料理

具体例
・カレー
・激辛料理
・キムチ
・唐辛子を多用した料理
消化管を刺激することがあります。辛みが欲しいときは、少量から試してみると良いでしょう。

繊維質の多い食品

具体例
・ごぼう、れんこん
・玄米
・全粒粉パン
・海藻類(大量に摂取する場合)
消化に時間がかかります。
栄養価は高いのですが、消化機能が低下しているときは、柔らかく煮込むか、白米や精製された穀物を選ぶほうが無難です。

食事を摂る三世代家族

ご家族の方は「少しでも食べてもらいたい」という思いから、つい頑張りすぎてしまうことがあります。

しかし、患者様が食べられないときに「せっかく作ったのに」という雰囲気を出してしまうと、それがプレッシャーになることもあります。

「食べられなくても大丈夫」という安心感を持ってもらうことが大切です。

無理に完食を求めず、少しでも口にできたことを一緒に喜ぶ姿勢が、患者様の心の支えになります。

また、一度にたくさん作らず、少量ずつ作ることもポイントです。残してしまうことへの罪悪感を減らすことができます。

冷凍保存できるメニューを小分けにして保存しておけば、患者様が「食べたい」と思ったタイミングで、すぐに温めて出すこともできます。

匂いに敏感になっている場合は、調理中の換気をしっかりする、患者様のいる部屋から離れた場所で調理するといった配慮も有効です。

食事は、患者様だけの問題ではありません。

ご家族も一緒に「どうしたら食べやすくなるか」を考え、試行錯誤する過程を共有することが、大きな支えになります。

困ったときは専門家に相談を

食事に関する悩みや困りごとは、医療スタッフに相談することをお勧めします。

特に管理栄養士は、食事や栄養の専門家として、個々の状況に合わせた具体的なアドバイスを提供してくれます。

体重減少が続いている、何を食べても気持ち悪い、家族がどう対応すればいいかわからない、栄養補助食品の選び方がわからない、具体的な献立の相談をしたいなど、どんな小さなことでも「こんなことで相談していいのかな」と遠慮する必要はありません。

多くの病院では、栄養相談や栄養指導のサービスがあります。

主治医に相談すれば、管理栄養士につないでもらえますし、栄養補助食品のサンプルを試すことができる場合もあります。

膵臓がん治療中の食事は、一人ひとりの状態や症状によって最適な方法が異なります。

この記事でご紹介した工夫がすべての方に合うわけではありませんが、「これなら試せそう」と思える方法が一つでもあれば幸いです。

完璧を目指さなくて大丈夫です。食べられないときは食べられなくてもいい。できることから少しずつ試してみる。困ったときは専門家に相談する。そう思える心の余裕を持つことも、治療を続けていく上で重要です。

食事は、栄養を摂るためだけのものではありません。美味しいと感じる瞬間、家族と一緒に食卓を囲む時間は、心を支える大きな力にもなります。

できることから少しずつ、無理のない範囲で工夫を重ねていってください。

あなたとご家族が、少しでも安心して毎日を過ごせますように。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。

がんの治療、特に化学療法を続けていく中で、以前よりも日差しに敏感になったと感じることはありませんか。

例えば洗濯物を干す数分の間や、近所へのお買い物に出かけた後などに、露出していた肌が赤く腫れたり、強い痒みを感じたりすることがあります。

これは光線過敏と呼ばれる症状で、抗がん剤などの薬の影響によって、皮膚が光に対して過剰に反応してしまう状態を指します。

命に関わる大きな副作用ではありませんが、見た目の変化や痛み、痒みは、患者様にとって日々の生活の質を左右する切実な悩みとなります。

なぜこのような変化が起こるのか、そしてどのようにして肌を保護していけばよいのか。そんな疑問の解決と、日々の生活の中で無理なく取り入れられる工夫について整理しました。

青空と太陽

薬が光に反応する仕組み

抗がん剤治療中に日光に過敏になる主な理由は、体内に入った薬剤の一部が光(特に紫外線)と反応しやすい性質を持っているためです。

投与された薬は血液を通じて全身に運ばれ、皮膚の浅い層にも到達します。

そこに太陽光が当たると、薬の成分が紫外線のエネルギーを吸収し、通常とは異なる化学反応を起こします。

この反応が皮膚の細胞に刺激を与え、炎症や赤み、強い日焼けのような症状を引き起こしてしまうのです。

つまり、普段の数倍から数十倍も日焼けしやすくなっている状態と考えるとイメージしやすいかもしれません。

普段なら気にならないような弱い日差しでも、皮膚にとっては強烈な刺激となり、短時間の外出でも赤みやヒリヒリ感が出ることがあります。

特に春先や曇りの日でも紫外線は地表に届いているため、「今日は大丈夫だろう」と油断してしまうと、思わぬダメージにつながることがあります。

光線過敏は決して珍しい副作用ではなく、薬の性質によっては多くの患者さんが経験します。

だからこそ、「自分だけではない」「薬の影響で皮膚が敏感になっているだけ」と理解しておくことが大切です。

原因となりやすい薬剤

光線過敏は、全ての抗がん剤で起こるわけではありません。特定の種類の薬において現れやすいことが分かっています。

例えば、消化器がんなどでよく用いられるフッ化ピリミジン系の薬剤や、特定の分子標的薬などは、光線過敏の副作用が報告されている代表的なものです。

また、最近では免疫の力を利用する免疫チェックポイント阻害薬などでも、皮膚への影響が注目されています。

自分が受けている治療が光に対して注意が必要なものかどうかは、医師や薬剤師から提供される薬剤情報の一覧などで確認することができます。

まずは、ご自身の使用する薬にそのような性質があるという可能性を知っておくことが、予防の第一歩となります。

手の甲を押さえる女性

ひどい日焼けのような赤み

光線過敏の症状は、主に直射日光が当たった場所に現れます。

顔や首筋、手の甲、そして夏場であれば腕や足など、衣類から露出している部分が赤く腫れたり、ヒリヒリとした痛みを感じたりします。

場合によっては、小さな湿疹や水ぶくれができることもあります。

通常の日焼けと異なり、光を浴びてから数時間後、あるいは翌日になってから症状が強く現れるケースもあるため、原因が日光にあると気づきにくいこともあります。

そのため、少しでも肌に以前とは異なる違和感があるときは、その日の外出時間や日差しの強さを振り返ってみることが大切です。

跡を残さないために

皮膚の炎症を放置してしまうと、赤みが引いた後に茶褐色に黒ずみ、色素沈着が肌へと残ってしまうことがあります。

特に顔や手など目立つ部分の変化は、患者様にとって大きな心の負担になりかねません。

跡を残さないためには、炎症が起きた直後の適切な対応が大事です。

もし赤くなってしまったら、まずは冷たいタオルなどで優しく冷やし、刺激を与えないようにしましょう。

また、症状を悪化させないために、それ以上直射日光に当たることは避けるようにしてください。

早期に適切なケアを行うことで、お肌の回復を早め、健やかな状態を保つことに繋がります。

帽子と日差し

日焼け止めの選び方・塗り方

光線過敏の症状が現れている場合は、日差しの強い時期だけでなく、一年を通して日焼け止めを使用することが重要です。

患者様のお肌は普段よりもデリケートになっているため、日焼け止め選びには少し注意が必要です。

購入の際は、日焼け止めに書かれているSPFとPAを確認してください。

SPFは、主に「日焼け(赤み)を起こすUVBをどれだけ防げるか」を示す数値で、数字が大きいほど強い日差しにも対応できます。

PAは、肌の老化や色素沈着の原因になるUVAをどれだけ防げるかを示し、「+」が多いほど防御力が高いことを意味します。

基準としては、SPF30以上、PA++以上のものを選ぶと効果的です。

ただし、あまりに数値が高いものは、それ自体が肌への刺激になる場合もあります。

紫外線吸収剤を使用していないノンケミカルタイプや、石鹸で簡単に落とせる低刺激のものを選ぶのがよいでしょう。

塗る際は、お肌をこすらないように優しく馴染ませ、数時間おきに塗り直すことも大切です。

帽子や衣類で日差しをカバー

日焼け止めと併せて、物理的に光を遮る衣類や小物を活用しましょう。

外出時は、つばの広い帽子を着用することで、顔だけでなく首筋への直射日光も防ぐことができます。

また、長袖のシャツや長ズボンを着用し、肌の露出を最小限に抑えることが基本です。

最近では、UVカット加工が施された薄手のパーカーやストールなども多く市販されています。これらを上手に利用することで、暑い時期でも快適に肌を守ることが可能です。

また、日傘の使用も非常に効果的です。黒色などの濃い色のものは光を通しにくいため、特におすすめです。

紫外線対策チェックリスト

毎日の外出前や生活の中で、以下のポイントを確認してみましょう。

全てを完璧に行うのは大変ですが、できることから意識するだけで、お肌への負担は大きく変わります。

  • つばが7センチ以上ある帽子を着用しているか
  • 長袖、長ズボンなどで肌の露出を避けているか
  • 日焼け止め(SPF30以上)をムラなく塗っているか
  • 首の後ろや耳の後ろ、手の甲も忘れずに保護しているか
  • 日傘やサングラスを使用しているか
  • 紫外線が最も強い正午前後の外出を避けているか
  • 外出先でも2時間から3時間おきに日焼け止めを塗り直せるか
鉢植えにパンジーを植える様子

窓際や曇りの日も油断禁物

光線過敏の対策が必要なのは、屋外だけではありません。窓ガラスを透過してくる紫外線にも注意が必要です。

特にリビングの窓際で長時間読書をしたり、お昼寝をしたりする際は、知らず知らずのうちに光を浴び続けている可能性があります。

レースのカーテンを閉める、あるいはUVカットフィルムを窓に貼るなどの工夫を検討してみてください。

また、曇りの日であっても、紫外線の量は晴天時の半分以上が降り注いでいると言われています。

「今日は太陽が出ていないから大丈夫」と油断せず、常に予防の意識を持つことが大切です。

短時間の外出でも対策を

「ほんの数分だから」という油断が、思わぬ症状を引き起こすことがあります。

例えば、お庭の草むしりや、ゴミ出し、ベランダで洗濯物を干すといった何気ない日常の動作です。

こうした短時間の積み重ねが、お肌にダメージを与えていきます。

玄関に帽子や日傘を置いておく、ベランダに出る前に日焼け止めを塗る習慣をつけるなど、日々の暮らしの流れの中に紫外線対策を組み込んでしまいましょう。

気負わずに続けられる自分なりのルールを作ることが、健やかな皮膚を保つための秘訣です。

医師と会話する患者

我慢せずに早めに相談しよう

皮膚に赤みや痒み、痛みが出たときは、早めに相談することをお勧めします。

患者様の中には「日焼けくらいで病院に問い合わせても良いのだろうか」と遠慮される方もいらっしゃいますが、皮膚のトラブルは早期の対応が何より重要です。

日常に影響が強く出ているときは、次回の通院日まで我慢せずに電話で問い合わせ、今すぐできる対処法を確認しましょう。症状の程度によっては、受診のタイミングを早めたほうが良い場合もあります。

また、症状の出やすさや範囲を医師に報告することで、抗がん剤の量を調整したり、よりお肌への負担が少ない治療法を検討したりする判断材料にもなります。

そのためにも日々の変化をメモしておくと、診察時に状況を伝えやすくなり、より適切な対応につながります。

薬は自己判断で使わない

炎症が強く出ている場合には、医療機関からステロイドの塗り薬や、痒みを抑えるための飲み薬が処方されることがあります。

これらは市販の薬よりも患者様の現在の状態に適したものが選ばれるため、自己判断で使用せず、必ず医師の診断に基づいて使用するようにしましょう。

また、お肌を乾燥から守るための保湿剤の利用も効果的です。

お肌のバリア機能が低下していると、光の刺激をさらに受けやすくなってしまうため、保湿によってお肌の土台を整えておくことが予防にも繋がります。

保湿剤は刺激の少ないタイプを選び、入浴後など肌がしっとりしているタイミングで優しく塗るとより効果的です。

適切な薬とケアを組み合わせることで、つらい症状を最小限に抑えながら治療を継続していくことが可能です。

日傘をさす女性

対策しつつ外出を楽しもう

光線過敏の副作用があると聞くと、「外に出てはいけないのではないか」と不安になり、入院中や自宅での生活に閉じこもりがちになってしまう方もいらっしゃいます。

しかし、過度に恐れる必要はありません。

散歩や友人とのランチ、家族との外出は、治療を続けていく上での大きなエネルギーになります。また、気分転換や体力維持にもつながり、生活のリズムを整える助けにもなります。

外出そのものを諦めるのではなく、安心して楽しむための工夫を取り入れることが大切です。

大切なのは「避ける」ことではなく、適切な準備をして「守る」ことです。

例えば、日差しの強い時間帯を避けて夕方の少し涼しくなった時間に散歩を楽しむ、テラス席ではなく屋内の席を選ぶ、日陰の多いルートを選ぶなど、ちょっとした工夫で外出の負担は大きく減らせます。

また、帽子や日傘、長袖の衣類などで肌を覆う、日差しの強い場所ではこまめに休憩を取るといった対策も、安心して外出するための助けになります。

こうした工夫を積み重ねることで、外出の楽しみを諦めず、治療中でも自分らしい時間を大切にすることができます。

自分を追い詰めないように

治療中は、副作用への対策だけでも多くの時間と労力を使います。

時には、日焼け止めの塗り直しを忘れてしまったり、帽子を忘れて外出してしまったりすることもあるでしょう。

そんなとき、自分を責める必要はありません。今日まで一生懸命に治療を続けてきた自分を、まずは十分に褒めてあげてください。

完璧を目指すのではなく、できる範囲で自分を大切にする。その積み重ねが、長い治療期間を乗り越えていくための力強い支えになります。

ご家族や周囲の方の支援も上手に受けながら、焦らず、一歩ずつ進んでいきましょう。

抗がん剤治療における光線過敏は、適切な知識と少しの準備で、その影響を大幅に軽減できる副作用です。

帽子や日焼け止め、衣類といった身近なものを活用しながら、お肌を優しく保護してあげてください。

あなたが自分らしく、笑顔で毎日を過ごせることが、治療の成功と同じくらい大切なことです。

もし不安や困りごとがあれば、いつでも病院の医師や看護師に相談してください。

この記事が、あなたの健やかな毎日と、前向きな歩みを支える一助となることを願っています。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。

抗がん剤治療を何度も重ねていく中で、ふとした瞬間に吐き気を感じることがあります。

それは点滴を受けている最中や、治療から数日が経過した時期だけではありません。

診察券を目にしたとき、病院の独特の匂いを嗅いだとき、医師の白衣を見たとき、あるいは通院の日が近づいてきただけで、まだ薬剤が体に入っていないのに、胃のあたりが重くなるような感覚を覚えることがあります。

これを予期性悪心と呼びます。

薬の影響が直接及んでいない段階でこうした症状が出るため、ご自身のメンタルの弱さや、不安感のせいだと思い込んでしまう患者様が非常に多いのが現状です。

しかし、予期性悪心は決して特別なことではありません。多くの癌治療において報告されている、脳の記憶に関連した事象です。

このコラムでは、予期性悪心が起こるメカニズムと、医療の力や日々の工夫でそれをどう和らげていくべきかについて詳しく解説します。

胸を押さえて背を丸める男性

原因は脳の防衛反応

抗がん剤治療でまだ薬を投与していないのに吐き気が起こるのは、脳の「嘔吐中枢」と呼ばれる領域が、過去のつらい経験を手がかりに反応してしまうためです。

以前の治療で強い悪心や嘔吐を経験した場合、脳はその状況を危険な出来事として強く記憶します。

これは、毒物を避けるために備わった生物としての防御反応が働いている状態です。

その結果、点滴室の匂い、治療室の雰囲気、看護師の白衣、さらには病院へ向かう道のりといった、本来は無害な刺激までもが「危険なサイン」として脳に認識されてしまいます。

すると、実際に薬が体に入る前から嘔吐中枢が活性化し、身体が先回りして吐き気を起こしてしまうのです。

これは古典的条件づけと呼ばれ、有名なパブロフの犬の実験と同じ仕組みです。それが人間の体でも起こっているのです。

つまり予期性悪心は、意思や気持ちの問題ではなく、脳が学習した結果として生じる自然な反応なのです。

過去の苦しい経験が引き金になる

予期性悪心が発現するかどうかには、過去の治療における副作用の程度が大きく関係しています。

特に、初めての抗がん剤治療の際に十分な制吐療法(吐き気止めによる対策)が行われず、強い吐き気や嘔吐を経験してしまった場合に、予期性悪心のリスクが高まることが知られています。

最近では、第2世代のセロトニン受容体拮抗薬であるパロノセトロンや、NK1受容体拮抗薬のアプレピタント、そしてステロイド剤のデキサメタゾンなどを組み合わせた標準的な予防法が確立されています。

しかし、かつての不十分な管理下での苦い経験がある方ほど、脳の記憶を書き換えることが難しく、通院のたびに症状が出現しやすくなる傾向があります。

女性や若い方に多い

臨床的な統計によれば、予期性悪心は男性よりも女性に多く、さらに年齢が若いほど発現しやすいことが知られています。

これは、ホルモンの影響や自律神経の反応性、ストレス刺激に対する感受性の違いなど、複数の生物学的要因が関係していると考えられています。

また、乗り物酔いをしやすい体質の方は、もともと平衡感覚や内耳の刺激に敏感であることが多いです。そのため、吐き気を引き起こす神経回路が活性化しやすい傾向があります。

さらに、不安を感じやすい性格傾向を持つ方は、治療前の段階で「またつらくなるのでは」という予測が強まりやすくなっています。その心理的緊張が嘔吐中枢を刺激し、予期性悪心を誘発しやすくなります。

これらは決して本人の努力不足や気持ちの問題ではなく、生まれ持った体質や過去の経験、脳の反応パターンが複雑に影響して生じるものです。

だからこそ、「自分が弱いから起こるのではない」「これは体が自然に示す反応なのだ」と理解することが、まず心を軽くする第一歩になります。

自分を責めず、体の反応そのものとしてまずは受け入れることで、次の対策にも前向きに取り組みやすくなります。

肘を付いて悩むポーズのデッサン人形

病院独特の匂いや消毒液の香り

予期性悪心のスイッチを入れる要因の中で、最も多いのがにおいです。

病院の玄関を入った瞬間の消毒液の香り、アルコール綿の独特なにおい、あるいは病院食の香りが引き金となるケースがよく見られます。

五感の中でも嗅覚は脳の情動を司る部分と密接に繋がっており、特定のにおいを嗅いだ瞬間に、過去のつらかった記憶が鮮明に呼び起こされます。

そのため、病院の近くを車で通っただけで、においを連想してムカムカが始まってしまうこともあるのです。

診察券や白衣を見た時の記憶

においだけでなく、視覚的な刺激も大きな要因になります。

持参した診察券、医師の白衣、点滴室の青いカーテンなど、治療に関連したもの・色・形などが、脳の中の嘔吐中枢を刺激します。

また、通院する日の朝の何気ない光景、例えば前回の治療の時に着ていた服や、カバンの中の薬の一覧表なども、知らず知らずのうちに吐き気のトリガーになっていることがあります。

これは、日常の中に散りばめられた「治療を連想させるもの」が、脳に信号を送り続けている状態なのです。

通院が近づく不安

通院の日が近づくにつれ、次第に食欲が低下したり、眠れなくなったりする状況も、予期性悪心と深く関連しています。

癌という病気に対する不安や、今後の治療方針への迷いといった心理的な負荷が加わることで、体の反応はより敏感になります。

これは、精神的なストレスが自律神経に影響を与え、胃腸の動きを鈍くさせたり、過敏にさせたりするためです。

一度このような悪循環に陥ると、治療の前日や当日の朝、病院に向かう道中で症状がピークに達してしまうことも少なくありません。

点滴

抗不安薬

予期性悪心は、通常の吐き気止め(催吐性リスクに応じた薬剤)だけでは改善が困難なケースが多いのが特徴です。

そのため、不安を和らげる薬、いわゆる抗不安薬の使用が推奨されています。

代表的なものとして、ベンゾジアゼピン系薬剤であるロラゼパムが挙げられます。

これを治療の前夜や当日の朝に服用することで、中枢神経の過剰な興奮を抑え、脳が過去の不快な記憶に過剰反応するのを防ぐ効果が期待できます。

医師から抗不安薬を処方されると、「精神科の薬ではないか」と戸惑われる方もいらっしゃいますが、これは癌治療における制吐療法の大切なひとつです。

吐き気の予防薬

近年、抗がん剤治療に伴う吐き気対策として非常に注目されているのがオランザピンという薬剤です。

もともとは抗精神病薬として開発されたものですが、多くの受容体(ドパミン受容体やセロトニン受容体など)に作用するため、高度催吐性リスクの薬剤を使用する際の標準的な予防薬として、デキサメタゾンなどと併用して用いられます。

オランザピンは、急性期や遅発期の吐き気だけでなく、突出性悪心の改善にも高い効果を発揮することが報告されています。

副作用として、口の渇きや眠気、便秘、あるいは稀に錐体外路症状と言われる運動症状(体が震える、筋肉がこわばるなど)が現れることがあります。

しかし、投与量や時期を調整することで、多くの患者様が安全に利用できるようになっています。

さまざまな制吐療法

医療機関では、各薬剤の催吐性の度合い(高度、中等度、軽度、最小度)に応じて、複数の薬を組み合わせたレシピが作られています。

例えば、アプレピタントで中枢の受容体をブロックし、パロノセトロンで末梢からの信号を抑え、デキサメタゾンで全身の炎症を静める、といった具合です。

それでも予期性悪心が残る場合には、医師は患者様一人ひとりの状況に合わせて、薬剤の追加や変更を検討します。

自分に合った薬の組み合わせを見つけるためには、どのようなタイミングで、どの程度の症状が出たのかを正確に伝えることが非常に重要です。

予期性悪心が現れている場合は我慢せず、すぐに主治医に相談しましょう。

看護師の男女

今のつらさを伝えるコツ

予期性悪心に悩む方の多くは、「まだ点滴も始まっていないのに吐き気がするなんて、先生に相談してもいいのだろうか」と遠慮してしまいがちです。

しかし、医療チームにとって、予期性悪心の情報は治療を継続するために不可欠な情報です。もし一番に主治医へ相談しにくい場合は、看護師や薬剤師に相談もできます。

その際は、具体的なエピソードを交えて伝えると良いでしょう。

例えば、「病院の駐車場に着いた瞬間にムカムカし始める」「アルコール綿のにおいを嗅ぐのが一番つらい」といった具合です。

こうした詳細な情報は、セルフケアの指導や、点滴時の処置の変更に直接役立ちます。

点滴を受ける場所を変えてもらう

においや視覚刺激が原因であれば、点滴を受ける環境を調整することで、症状が和らぐ可能性があります。

例えば、カーテンの仕切りで視界を遮る、外の景色が見える窓際の席にする、あるいは静かな個室を利用するなど、施設側で可能な対応を相談してみてください。

また、点滴中に使用するアルコール綿を無香料のものに変更したり、においが漏れにくい工夫をしたりすることも有効な対策です。

看護師は日々、多くの患者様のケアを行っているため、まずは上記のような配慮を相談してみましょう。

薬剤師にも相談を

薬剤師は、薬の相互作用や適切な服用タイミングを管理する専門家です。

処方された抗不安薬やオランザピンなどの薬剤を、どのタイミングで服用するのが最も効果的か、副作用である眠気や便秘をどう防ぐかといった、実用的なアドバイスをくれます。

また、経口薬(飲み薬)の錠剤が大きくて飲みにくい場合や、食後の服用が困難な場合には、形状の変更や服薬時間の調整などを医師に提案してくれることもあります。

お薬手帳や副作用レポートを活用し、薬剤師との連携を密にすることで、より安全で継続的な治療を行うことができます。

音楽を聴く女性のイラスト

安心できる香りを見つける

ここからは、ご自身でできる日常の工夫を紹介します。

病院のにおいがつらい場合は、そのにおいを上書きするための「自分だけの香り」を持ち歩くのが効果的です。

清潔なハンカチにお気に入りのアロマオイル(レモンやペパーミント、オレンジなどの柑橘系は、吐き気を和らげる効果があると言われています)を数滴垂らし、病院の玄関や点滴室でその香りを嗅ぐようにします。

また、ミント系のガムや飴を口に含んだり、うがいを頻繁に行ったりすることで、口の中の不快感をリセットするのも良い方法です。

音楽や動画で意識を外へ向ける

待合室や点滴中、ただじっと座っているだけだと、どうしても意識が体の感覚に向かってしまいます。

そんなときはノイズキャンセリング機能の付いたヘッドホンで好きな音楽を聴いたり、スマートフォンの動画配信サービスで落語やバラエティ番組を見たりすることがおすすめです。

そうすることで、脳の注意を「今」から「外の世界」へそらすことができます。

脳が別の刺激(聴覚や視覚)に集中している間は、嘔吐中枢への信号が伝わりにくくなります。

自分が没頭できる趣味の道具を病院に持参することは、恥ずかしいことではなく、立派な治療のサポートとなります。

待ち時間をリラックスして過ごす

病院での待ち時間は、どうしても心拍数が上がり、交感神経が優位になりやすい時間です。

治療が近づくにつれて体が緊張し、予期性悪心の引き金になりやすくなります。

だからこそ、この時間を「治療を待つ時間」ではなく「自分を落ち着かせるための準備時間」と捉え直すことが大切です。

待合室では大きな動きはできませんが、椅子に座ったままできる小さな工夫はたくさんあります。

例えば、ゆっくりと呼吸を整える、肩や首を軽く回して筋肉のこわばりをほぐす、手のひらを温めるように軽く握ったり開いたりする、といった動きを行うだけでも、自律神経のバランスが整いやすくなります。

また、足の裏を床にしっかりつけ、体の重心を感じることを意識して立つだけでも、身体感覚が安定し、緊張が和らぎます。

気持ちの切り替えも重要です。治療に関する資料ばかりを読むのではなく、旅行雑誌、写真集、料理のレシピ本、好きな漫画など、治療と関係のない世界に意識を向けましょう。イヤホンで落ち着く音楽や自然音を聴くのも効果的です。

そうすることで、脳が予期性悪心に繋がる「危険なサイン」を受け取りにくくなります。

病院という空間にいながら、心だけは切り離して別の場所に連れていけるような、自分なりのリラックスできるものを見つけましょう。

予期性悪心が起こるということは、それだけ患者様がこれまで、つらい治療を一生懸命に耐え抜いてきた証拠です。

患者様の脳は、二度と同じ苦しみを味わわせないようにと、懸命に警告を発しているのです。

「まだ薬も入っていないのに」と自分を情けなく思う必要は全くありません。

むしろ、「自分の体はこれほどまでに自分を守ろうとしてくれているんだな」と、健気に働くご自身の体を認めてあげてください。

予期性悪心を一度で完全に消し去ることは難しいかもしれません。

しかし、適切な薬剤の使用や、周囲のサポート、そして日々の小さな工夫を積み重ねることで、症状を軽くしていくことは十分に可能です。

患者様の健やかな毎日と、心穏やかな療養生活のために、できることから始めてみましょう。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。

がんの治療、特に抗がん剤治療を始めるとき、多くの方がまず心配されるのが副作用のことではないでしょうか。

テレビドラマや映画の影響もあり、抗がん剤といえば激しい吐き気や脱毛といった、苦しいイメージを抱くのが一般的かもしれません。

しかし、実際の診療の現場では、副作用の出方は驚くほど人によって異なります。

同じ種類の薬剤を同じ量だけ投与しても、日常生活をほとんど変わらずに過ごせる方もいれば、強い副作用が現れて寝込んでしまう方もいらっしゃいます。

この「個人差」がどこから来るのかを知ることは、自分の体の状態を正しく把握し、無用な不安から心を守るためにも大切です。

副作用の現れやすさを決める要因と、症状が軽い場合に抱きがちな誤解について、一つずつ紐解いていきましょう。

付箋に?が3つ描かれている様子

抗がん剤が働く範囲

治療が始まると、点滴や内服によって抗がん剤が体の中に入ります。

血管を通った薬は、血液の流れに乗って全身の隅々まで運ばれていきます。

抗がん剤の主な目的は、体内のどこかに潜んでいるがん細胞、つまり腫瘍を見つけ出し、その増殖を抑えたり死滅させたりすることです。

薬が全身を巡るということは、それだけ広範囲にわたって効果を発揮する可能性があるということです。

そのため、医師ががんの種類や進行度、そして患者様自身の体の状態を慎重に判断して、最も適した種類と量の薬剤を選択します。

正常な細胞も影響を受けるのはなぜ?

抗がん剤の多くは、「活発に分裂している細胞を攻撃する」という特徴を持っています。

がん細胞は際限なく増殖しようとする性質があるため、この特徴を逆手に取って攻撃を仕掛けるのです。

しかし、私たちの体の中には、がん細胞以外にも活発に分裂を繰り返している正常な細胞が存在します。

例えば、髪の毛を作る細胞や、口の中や消化管の粘膜、そして血液を作る骨髄の細胞などです。

抗がん剤がこれらの正常な細胞も攻撃してしまうことで、脱毛や口内炎、下痢、そして白血球の減少といった副作用が起こります。

こうした仕組みによるものである副作用は、抗がん剤が体内で働いている過程で、どうしても避けられないものと言えます。

納得して治療を始めるために

副作用について正しく知ることは、決して怖がったり、進んで不安になるためではありません。

どのような症状が、どの時期に起こりやすいのかを知っておくことで、事前に対策を立てることが可能になります。

最近のがん治療では、副作用を抑えるための薬、つまり支持療法も大きく進歩しています。

強い吐き気が予想される場合には、あらかじめ強力な吐き気止めを併用するなど、患者様の負担を軽減するための工夫が随所に行われています。

治療の全体像を把握し、心構えをしておくことが、安心して治療を開始するための何よりの土台となります。

寝転がったデッサン人形の上にブロックが積まれている様子

薬を分解する力の違い

なぜ副作用の出方に個人差があるのでしょうか。

その大きな理由の一つに、薬剤を代謝し、排出する機能の違いがあります。

体内に入った抗がん剤は、主に肝臓で分解されたり、腎臓から尿として排出されたりします。

これらの臓器の機能には、もともとの体質やこれまでの健康状態によって人それぞれ違いがあります。

例えば、肝臓の働きが非常に活発な方と、少し低下している方では、血液の中に薬が留まる時間や濃度が変わり、それが副作用の強さに影響を与えます。

最近では、遺伝子の型によって特定の薬剤の代謝効率が変わることも研究で分かってきており、医学的な根拠に基づいた個人差の解明が進んでいます。

体格や年齢による違い

身長や体重といった体格の違いも、副作用の現れやすさに関係します。

一般的に抗がん剤の量は、体表面積や体重を基準に算出されます。しかし、脂肪のつき方や筋肉量、体内の水分量などによって、薬の浸透具合には微妙な変化が生じます。

また、年齢を重ねることで、体の回復力や免疫力が緩やかに変化していくことも無視できません。

若い方に比べて、高齢の方は副作用が強く出やすい傾向にあると一般的には言われます。ただし、これも一概には言えず、日頃の活動量や持病の有無によっても大きく左右されます。

医師はこれらの情報を総合的に判断し、必要に応じて投与量を微調整することで、安全な治療を追求しています。

心理的な要因も

副作用の感じ方には、心理的な要因も大きく関わっています。

これを「治療を怖がりすぎているせいだ」という精神論で片付けてしまうのではなく、脳そのものの仕組みとして理解することが大切です。

例えば、一度強い吐き気を経験してしまうと、次回の治療で病院の入り口を見ただけで気分が悪くなってしまうことがあります。

これを予期性悪心と呼びます。

不安やストレスが強い状態では、脳が痛みや不快感に対して敏感になり、通常よりも症状を強く感じてしまうケースがあります。

逆に、治療に対して前向きなイメージを持っていたり、リラックスして受けられたりする場合は、症状が比較的穏やかに済むこともあります。

心の状態が体に与える影響は、私たちが想像する以上に大きいのです。

?の書かれたブロックが積みあがっている様子

副作用と治療効果は別物

現れる副作用が少ない方からよく聞かれる悩みが、「こんなに楽なのは、薬が効いていないからではないか」という不安です。

他の方が脱毛や吐き気で苦しんでいる中で、自分だけが特に副作用もなく平気でいると、がんを十分に攻撃できていないのではないかと考えてしまうのです。

しかし、明確に断言できるのは、副作用の強さと抗がん剤の治療効果は、必ずしも比例しないということです。

副作用はあくまで「正常な細胞」が受けた影響を示すものです。体内のがん細胞をどれだけ叩けているかを示す指標ではありません。

副作用が全くなくても、腫瘍が劇的に縮小しているケースは数多く存在します。

症状が軽くても薬は働いている

副作用が出にくいということは、言い換えれば、あなたの肝臓や腎臓が効率よく薬を処理できていたり、粘膜や骨髄の細胞が薬の攻撃に対して比較的強かったりすることを意味します。

それは、あなたの体が持っている一つの才能のようなものです。

むしろ、副作用が少なくて済んでいる状態こそが、治療を予定通りに継続し、十分な量を投与できるという意味で、理想的な展開だと言えます。

副作用が重すぎて治療を中断せざるを得ない状況に比べれば、症状が軽いことは大きなアドバンテージです。

薬は目に見えないところでしっかりとがんに立ち向かっていますので、自信を持って治療を続けてください。

安心して治療を続けるために

もしどうしても不安が消えないときは、画像診断や血液検査の結果を確認しましょう。

腫瘍マーカーの数値や、最新の画像でがんの状態を客観的に評価することで、「副作用はないけれど、がんは確かに小さくなっている」という事実を再確認できます。

自分の体の感覚だけに頼るのではなく、医学的なデータに基づいた実際の情報を主治医から聞き出すことで、疑心暗鬼を払拭できます。

副作用がないことを申し訳なく思ったり、不安がったりする必要はありません。

その分、浮いたエネルギーを日々の生活を楽しむことや、体力をつけることに回して、無理なくがんと向き合っていきましょう。

運動する高齢夫婦

体の土台を整える

副作用を軽減するためには、日々の生活習慣によるサポートが欠かせません。

その中でも基本となるのが食事です。抗がん剤治療中は、どうしても食欲が低下しやすくなりますが、体が正常な細胞を修復するためには十分な栄養が必要です。

特にタンパク質をしっかりと摂ることは、筋肉量や免疫力を維持するために重要です。

一度にたくさん食べられないときは、間食を上手に利用して、少しずつ回数を分けて食べるようにしましょう。

また、抗がん剤の成分をスムーズに排出するために、十分な水分補給を心がけることも大切です。

水分を取ることは腎臓への負担を減らし、便秘や皮膚のトラブルを防ぐ対策に繋がるためです。

無理のない範囲で体を動かす

意外かもしれませんが、適度な運動は副作用の軽減に役立ちます。

かつては、抗がん剤治療中は安静が一番だと考えられていた時期もありました。しかし、最近の研究では、ウォーキングなどの軽い運動を行うことで、治療中の倦怠感や気分の落ち込みが改善されることが明らかになっています。

もちろん、熱があるときや、血小板が減少して出血しやすい時期などは無理をしてはいけません。

しかし、体調が良いときに少し外の空気を吸いに出かけたり、自宅でストレッチを行ったりすることは、血流を良くし、免疫の機能を整えることに繋がります。

「今日は少し歩けそうだな」と体力に余裕を感じる日は、自分のペースで体を動かすことを意識してみましょう。

充分な睡眠を取る

睡眠は、体が受けたダメージを修復するための最も大切な時間です。

抗がん剤の影響や、将来への不安から夜に眠れなくなってしまうこともあるでしょう。しかし、睡眠の質が低下すると、どうしても副作用を強く感じやすくなります。

寝る前にスマートフォンの使用を避けたり、自分に合った枕や寝具を選んだりと、睡眠環境を整える工夫をしてみましょう。

また、ステロイドなどの薬剤の影響で夜に目が冴えてしまう場合は、医師に相談して服用時間を調整したり、一時的に睡眠を助ける薬の力を借りたりするのも良い方法です。

十分な休息が取れているという安心感が、次の治療へ向かう勇気を与えてくれます。

主治医に症状を伝える患者

自分の状態を医師に伝えるときは

副作用への対応で最も大切なのは、我慢しすぎないことです。

診察の際、医師に自分の状態を正確に伝えることは、より良い治療を受けるための大切な役割分担です。

単に「だるいです」と言うだけでなく、「前回の点滴から3日目までが特にきつかった」「食事がこれくらいしか食べられなかった」というように具体的に話すと、医師はより的確な対策を検討できます。

また、診察の前に、伝えたいことを箇条書きにしたメモや一覧を用意しておくと、短い時間の中でもスムーズに情報の共有が行えます。

あなたの言葉は、医師が治療方針を最適化するための貴重な資料になるのです。

看護師や薬剤師にも相談しよう

医師には聞きにくい些細な変化や、日常のちょっとした悩みについては、看護師や薬剤師が頼もしい味方になってくれます。

看護師は、多くの患者様のケアを通じて、口内炎の予防法や、脱毛時のケア、手足の痺れを和らげる方法など、生活に密着した具体的な知恵をたくさん持っています。

また、薬剤師は、薬の飲み合わせや副作用が出るタイミングを予測するプロフェッショナルです。

「この薬を飲むと眠くなりやすいので注意してください」「この症状が出たらすぐに連絡してください」といった細かなアドバイスは、治療中の不安を大きく取り除いてくれます。

病院のスタッフ全員が、あなたの治療を成功させるためのチームの一員であることを忘れないでください。

緩和ケアを早めに活用しよう

緩和ケアと聞くと、治療の最終段階で受けるものだというイメージを持つ方がまだ多いかもしれません。

しかし、現在のがん医療では、診断された直後から治療と並行して緩和ケアを受けることが推奨されています。

緩和ケアの役割は、痛みや吐き気、心の苦しさを積極的に取り除くことにあります。

副作用が強くて治療を続けるのがつらいと感じるなら、それは緩和ケアの出番です。

早めに専門のサポートを受けることで、体の負担が軽減され、結果として抗がん剤治療をより長く、効果的に継続できる可能性が高まります。

つらい症状を我慢し続けることは、体にも心にもよくありません。いかに楽に過ごすかを追求することが最も大事なことだと考えて、気軽に相談しましょう。

カーテンを開く女性の後ろ姿

副作用の波を見つける

抗がん剤治療は、一定のサイクルを繰り返す長距離走のようなものです。現れる副作用の強さや期間も人それぞれとなります。

投与を受けるうちに、「自分はこのタイミングで食欲が落ちる」「この時期を過ぎれば体調が戻ってくる」といった、自分なりの体調のリズムが見えてきます。

このパターンが分かってくると、体調が良いときに楽しみな予定を入れたり、つらい時期にはあらかじめ家事を休む手配をしたりと、生活のコントロールが可能になります。

副作用に振り回されるのではなく、自分の生活の中に治療をどう組み込むか。その考えを持つことが、精神の安定に大きく貢献します。

新しい治療の可能性

科学の進歩により、がん治療の選択肢は大きく広がっています。

従来の細胞を攻撃する抗がん剤だけでなく、特定の遺伝子の変化を標的にする分子標的治療や、自身の免疫の力を利用してがんを攻撃する免疫療法などが次々と登場しています。

これらの新しい治療法は、従来の薬とは異なる副作用の特徴を持っています。

中には、脱毛や激しい吐き気がほとんどないタイプのものもあり、仕事を続けながら通院で治療を受けることも一般的になっています。

もちろん、それぞれに注意すべき点はありますが、「がん治療=苦痛に満ちたもの」という固定観念は、過去のものになりつつあります。

医療の進歩に期待を寄せつつ、自分にとって最適な選択肢を医師と共に探していきましょう。

頑張りすぎない生活を心がける

最後にお伝えしたいのは、頑張りすぎないことの大切さです。

治療中は、体も心も普段以上の負荷がかかっています。もし家事が十分にできなかったり、仕事のペースが落ちたりしても、それを自分の能力不足だと責めないでください。

今は、がんと闘うという大きな仕事を成し遂げている最中です。周囲の助けを借りることや、完璧を目指さないことは、まったく恥ずかしいことではありません。

できないことを嘆くのではなく、今日一日を無事に過ごせた自分を褒めてあげてください。

自分を慈しむ気持ちを持つことが、免疫力を高め、副作用という荒波を乗り越えていくための、最も強力な薬になるはずです。

抗がん剤の副作用について、その原因から個人差の正体、そして心構えまでを詳しく見てきました。

副作用は、患者様の体が懸命に治療に応えようとしている過程で起こる変化です。

それが強く出ても、あるいは全く出ていなくても、患者様が一生懸命に病気と向き合っている事実に変わりはありません。

一人で抱え込まず、医療機関のスタッフや家族に悩みを分かち合いながら、一歩ずつ進んでいきましょう。

このコラムが、あなたの不安を少しでも和らげ、前向きに治療を続けるための一助となれば幸いです。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。

がんの治療を開始してから、日中にどうしようもない眠気に襲われたり、いくら眠っても疲れが取れなかったりすることはありませんか。

抗がん剤治療を受けている方の中には、このような異常なほどの眠気に悩まされている方が多くいらっしゃいます。

しかし、診察の時間は限られており、痛みや吐き気といった命や生活に直結する症状の報告が優先されるため、眠気については後回しにされたり、自分自身で「ただの疲れだろう」と片付けてしまったりしがちです。

眠気は、あなたの体が治療という大きな試練に立ち向かい、一生懸命に回復しようとしているサインでもあります。

なぜ眠気が起こるのか、その正体を知ることで、自分を責める気持ちを少しでも軽くし、前向きに休息を取り入れるきっかけにしていただければと思います。

仕事中、眠気で頭を押さえる男性

抗がん剤治療中に起こる眠気の原因は、一つではありません。

抗がん剤そのものが神経系に影響を与えて眠気を引き起こすこともありますが、実はそれ以外にも多くの要因が重なり合っています。

まず考えられるのは、がん細胞と闘うために体が大量のエネルギーを消費しているという点です。

治療によってダメージを受けた正常な細胞を修復しようとする際、体は休息を必要とし、それが眠気という形で現れることがあります。

また、治療に対する不安や緊張からくる精神的な疲労も、脳を休ませようとする反応を引き起こします。

吐き気止めなどの薬による影響

意外に知られていないのが、抗がん剤と一緒に使用される副作用対策の薬の影響です。

点滴の前や後に使用される強力な吐き気止めの中には、脳の活動を一時的に鎮める成分が含まれているものがあります。

例えば、アレルギー反応を抑えるために使われる抗ヒスタミン薬などは、風邪薬を飲んだときのような強い眠気を引き起こすことがあります。

また、不安を和らげるために処方される薬が影響している場合もあります。

これらは、抗がん剤の治療を安全かつ快適に進めるために必要な薬です。ただ、その結果として日中に強い眠気が出現することは、医学的にも予測されている反応なのです。

ステロイドが切れた後の脱力感

多くの抗がん剤治療では、吐き気止めや食欲増進のためにステロイド剤(デキサメタゾンなど)が併用されます。

ステロイドを服用している数日間は、むしろ体が活動的になり、夜に眠れなくなったり、気分が高揚したりする方も少なくありません。

注意が必要なのは、このステロイドの服用が終わった後です。

薬の効果が切れるタイミングで、それまでの反動として急激な倦怠感や強い眠気に襲われることがあります。

これをステロイド・ウィズドロアル(離脱症状)と呼ぶこともありますが、数日間頑張りすぎた体が、一気に休息モードに切り替わる現象です。

投与後3日から5日目あたりに強い眠気が出る場合は、この薬のサイクルが関係している可能性が高いと言えます。

車の運転中に眠気に襲われる女性

日常の家事や仕事への影響

日中に突然襲ってくる眠気は、これまでの生活のリズムを大きく変えてしまいます。

仕事をしている方であれば、会議中に意識が遠のきそうになったり、集中力が続かなかったりすることに焦りを感じるでしょう。

家事を担っている方にとっても、これまで当たり前にできていた掃除や炊事が進まないことは、大きなストレスとなります。

特に注意が必要なのは、車の運転や刃物を使う作業です。

抗がん剤治療中の眠気は、自分の意思でコントロールできるものではありません。

思わぬ事故に繋がる恐れがあるため、眠気を感じたときは無理をすればできると考えず、一時的に作業を中断する勇気を持つことが大切です。

周囲への罪悪感

治療中の悩みとして多く聞かれるのは、患者様自身が抱く罪悪感です。

日中から寝てばかりいて、家族に申し訳ない、周りは頑張っているのに自分だけ怠けているようで情けないといった言葉をよく耳にします。

しかし、ここで知っておいていただきたいのは、治療中の眠気は決して心の弱さや怠けではないということです。

あなたの体は今、薬の力を借りて病気と全力で闘っています。眠ることは、その闘いを支えるための重要な要素の一つです。

家族のために何かをすることも大切ですが、今は自分の体を休めることこそが、家族のための最短の道であると考えてみてはいかがでしょうか。

家族とのコミュニケーションの変化

眠気が強いと、家族と会話をする時間が減ったり、一緒に食事を楽しむことが難しくなったりすることもあります。

家族側も、寝てばかりいる姿を見て、どこか悪いのではないか、病状が悪化しているのではないかと不安を募らせることがあります。

このような誤解や不安を防ぐためには、あらかじめ薬の影響で数日間は眠気が強く出ること、を伝えておくことが大切です。

原因が副作用であると分かれば、家族も安心して見守ることができます。

また、今は眠らせてほしいけれど、起きたら一緒にお茶を飲もう、といったような一言があるだけでも、心の距離を縮めることができます。

ベッドと目覚まし時計

眠りを治療の一部と考える

つらい眠気においてまず大切なのは、体が休息を求めているのだ、と割り切ってしまうことです。

治療期間中は、通常時と同じスケジュールで生活しようと無理をする必要はありません。

眠気を感じたときは、短時間でも横になるようにしましょう。

日中に15分から30分程度の昼寝を取り入れるだけでも、脳のリフレッシュになり、その後の時間の質が向上することがあります。

眠ることを時間の無駄と捉えるのではなく、細胞が生まれ変わるための充電時間だと捉え直すことで、心穏やかに眠りにつくことができるようになります。

生活のリズムを薬に合わせる

抗がん剤治療には、通常21日や28日といった一定のサイクルがあります。

自分の眠気がどのタイミングで現れやすいかを把握しておくと、生活の計画が立てやすくなります。

例えば、点滴当日から数日間は眠気が強いと分かっていれば、その期間の重要な予定は入れない、家事は最小限に留めるといった調整が可能です。

特にステロイドが切れる時期が予測できれば、その日はひたすら眠る日としてあらかじめ決めておくことで、当日のストレスを大幅に減らすことができます。

また、日ごとの経過により自分の体調の変化をスマートフォンのメモや一覧表に残しておくと、次回のサイクルで非常に役立ちます。

睡眠環境を整える

日中に眠気が強い一方で、夜の眠りが浅いと、さらに日中の倦怠感が増してしまうという悪循環に陥ることがあります。

夜の睡眠の質を高めるための工夫も、眠気対策には有効です。

寝室の温度や湿度を適切に保ち、自分に合った枕や布団を使用することはもちろん、就寝前はスマートフォンの画面を見るのを控えるといった基本的なケアも大切です。

また、体に痛みがあるときは、我慢せずに鎮痛剤を使用して、痛みによる中途覚醒を防ぐことも重要です。

夜にしっかりと深い眠りを得ることで、日中の異常な眠気が少しずつ和らいでいくこともあります。

PCの前で話す医師

困りごとを伝えるコツ

眠気について病院で相談する際は、できるだけ具体的に伝えるのがポイントです。

単に眠いですと言うよりも、点滴から何日目に、どれくらいの時間眠ってしまうのか、日常生活のどの部分に一番困っているのかを伝えると、医療スタッフも対応がしやすくなります。

例えば、「家事をしたい時間帯にどうしても起きていられなくて困っている」と相談すれば、今の処方の中で何が原因かを一緒に探ってくれます。

診察の前に、伝えたいことを箇条書きのメモにしておくと、言い忘れを防ぐことができ、納得のいく回答を得られやすくなります。

薬の調整で変わる可能性も

もし眠気の原因が、抗がん剤そのものではなく、吐き気止めなどの随伴薬にある場合、薬の種類や量を変更することで改善できる可能性があります。

例えば、吐き気止めの種類を眠気の少ないものに変えたり、服用するタイミングを調整したりすることで、日中の活動しやすさが劇的に変わるケースもあります。

もちろん、治療の効果を最優先にする必要がありますが、生活の質を守ることも、現代のがん治療では同じくらい大切にされています。

眠気くらいで先生の手を煩わせてはいけないと考えず、主治医に現状をありのままに話してみてください。

専門家チームの支えを借りる

がん拠点病院などでは、医師や看護師だけでなく、薬剤師や管理栄養士、ソーシャルワーカーなど、様々な専門家がチームとなって患者様を支えています。

薬剤師には、現在飲んでいるすべての薬の一覧を見せて、眠気の原因となる組み合わせがないかを確認してもらうことができます。

管理栄養士には、眠気が強くて食事が摂れないときの栄養摂取の工夫を聞くことができます。

また、仕事との両立に悩む場合は、ソーシャルワーカーに相談して、休職や勤務時間の調整についてアドバイスをもらうことも可能です。

多くの人の知恵を借りることが、治療を完遂するための大きな力になります。

抗がん剤治療中の眠気は、目に見えないからこそ、本人にしか分からないつらさがあります。

しかし、これまで見てきたように、それは決して怠慢から来るものではなく、治療に伴う正当な反応です。

ステロイドが切れた後の急激な眠気も、体が必死にバランスを整えようとしている証拠です。

今は自分の体が必要としている休息を、たっぷりと与えてあげてください。

眠っている間も、あなたの体は未来のために戦い続けています。

その頑張りを認めることが、心の平穏に繋がります。

あなたが一人で悩まず、少しでも心地よい眠りと、健やかな目覚めを迎えられることを心から願っています。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。

がんの診断を受けたとき、その病名が「神経内分泌がん」という聞き慣れないものであったなら、誰もが深い不安に包まれることでしょう。

さらに、インターネットで調べても「進行が早い」「悪性度が高い」といった厳しい言葉ばかりが目に入り、心が折れそうになることもあるかもしれません。

神経内分泌がんは、医学的にはNEC(Neuroendocrine Carcinoma)と呼ばれ、数ある神経内分泌腫瘍の中でも、特に増殖のスピードが速いグループに分類されます。

しかし、情報が少ないからといって、決してあきらめる必要はありません。

現在は専門機関での研究が進み、この手強いがんに立ち向かうための強力な薬物療法や、生活を支えるための緩和ケアの体制が整いつつあります。

本コラムでは、NECという病気の正体を正しく知り、納得して治療を続けるためのヒントをお伝えします。

吹き出しの形の紙に?が描かれている

進行の早さが特徴

神経内分泌がんは、ホルモンを分泌する機能を持った細胞から発生する病気です。

この病気は、おとなしい性質の腫瘍(NET)と、非常に勢いが強いがん(NEC)に大きく分けられます。

このコラムで取り上げるNECは、細胞の増殖を顕微鏡で確認すると、その多くがグレード3(G3)という最も高い悪性度に分類されます。

NECの最大の特徴は、一般的ながんと比べても進行のスピードが速く、発見された段階ですでに他の臓器へ転移しているケースも少なくないという点です。

そのため、診断がついた後は、一刻も早く専門的な治療を開始することが求められます。

まずは、自分の病気が「非常に活動的である」という性質を正しく理解することが、これからの歩みの第一歩となります。

早期の治療開始を目指す

NECは、放置しておくと短期間で病状が変化しやすいという性質を持っています。

そのため、検査を一つずつ丁寧に行うことも大切ですが、それ以上に治療のタイミングを逃さないことが予後を左右する鍵となります。

幸いなことに、NECは増殖のスピードが速い分、特定の抗がん剤が効きやすいという側面も持っています。

このがんの弱点を突くためには、病名が決まったら速やかに標準的な化学療法へと繋げることが重要です。

納得して治療を始めるために

治療を開始するにあたって、心の準備を整えるのは容易ではありません。

しかし、「何のために治療をするのか」という目的を明確にすることは、副作用や通院の負担を乗り越えるための力強い支えになります。

がんを抑え込み、大切な人との時間を一日でも長く確保する。あるいは、痛みなどの症状を取り除き、自分らしい生活を取り戻す。

人によってゴールは様々ですが、自分が大事にしたいことを主治医と共有しておくことで、納得感のある治療の選択が可能になります。

不安なときは、今の気持ちを包み隠さず医療スタッフに伝えてください。

フェルトでできた吹き出しに!マークが描かれている様子

体が発する小さなサイン

神経内分泌がんは、発生する場所によって現れる症状が異なります。

膵臓や肝臓、肺、あるいは胃や腸といった消化管など、全身のどこにでも発生する可能性があります。

急激な体重の減少や、しつこい腹痛、あるいは原因不明の倦怠感などは、体が発している重要なサインかもしれません。

特に、腫瘍が急激に大きくなることで、周囲の神経を圧迫し、強い痛みが出現することもあります。

NECの場合は、数週間の単位で体調が変化することもあります。そのため、「これくらいなら大丈夫」と我慢せず、いつもと違うと感じたらすぐに受診することが大切です。

自分の体の変化を細かく観察し、診察の際に伝えることが、適切な診断と迅速な治療の助けとなります。

病理検査の大切さ

神経内分泌がんの診断において、最も重要な役割を果たすのが病理検査です。腫瘍の一部を採取し、顕微鏡で細胞の形や増殖の勢いを確認することで、初めてNECという診断が確定します。

この検査では、Ki-67指数という数値が測定されます。

これは細胞がどれだけの割合で分裂しているかを示すもので、NECの場合はこの数値が非常に高く出ます。

画像検査(CTやMRI)だけでは判断しきれない細胞の性質を、この病理診断によって明らかにすることで、どの抗がん剤が最も効果的かを見極めることができます。

診断が出るまでの時間はもどかしいものですが、この証拠集めこそが、あなたにぴったりの武器を選ぶために欠かせないプロセスなのです。

悪性度が治療に与える影響とは

悪性度が高いと聞くと、胸の奥が沈むような気持ちになるかもしれません。

しかし、医療でいう「悪性度」とは、あくまで細胞がどれほど速く増えるかを示す指標であり、あなた自身の価値や未来を決めるものではありません。

診断は、状況を正しく理解し、これからの行動を選び取るための第一歩です。

がんの性質を知ることは、恐怖に飲み込まれないための大切な武器になります。

どのような特徴を持ち、どのような弱点があるのかを理解することで、漠然とした不安から対処が可能な課題へと変わっていきます。

自分の体で起きていることを知ることは、心の整理にもつながり、日々の体調の変化にも意味を見いだせるようになります。

診断は終わりではなく、これからの道筋を描くためのスタート地点なのです。

点滴

化学療法

NECの治療において、最も中心的な役割を果たすのが化学療法、つまり抗がん剤治療です。

細胞の増殖が速いという特徴を逆手に取り、分裂を繰り返すがん細胞を直接攻撃する薬剤が選ばれます。

一般的によく用いられるのは、シスプラチンやカルボプラチンといったプラチナ製剤に、エトポシドなどの薬剤を組み合わせた治療法です。

これらは非常に強力な薬ですが、その分、副作用への対策もセットで行われます。

現在は、吐き気や骨髄抑制(白血球の減少など)を抑えるための優れたサポート薬も揃っており、一昔前のような「ただ苦しみに耐えるだけの治療」ではなくなっています。

薬の力を信じ、がんの勢いを削ぐための重要な期間として、この時期を乗り越えていきましょう。

手術・放射線療法

NECは全身への広がりが早いため、手術だけで完全に治すことが難しい場合も多いですが、決して手術に意味がないわけではありません。

腫瘍が大きくなりすぎて通り道を塞いでいたり、出血を繰り返したりしている場合には、症状を和らげる目的で切除を行うことがあります。

また、特定の部位への転移による痛みや神経の圧迫がある場合には、放射線治療が大きな助けになります。

放射線は、ピンポイントでがんを狙い撃ちし、痛みを取り除く効果が非常に高い治療法です。

手術、抗がん剤、放射線といった治療法を状況に応じて適切に組み合わせることで、がんの勢いをコントロールし、生活の質を維持することを目指します。

再発時の選択肢

残念ながら、強力な治療を行っても、がんが再び活動を始めることがあります。

しかし、一度再発したからといって、すべての道が閉ざされるわけではありません。

現在は、最初の治療(一次治療)が効かなくなった後でも、別の種類の抗がん剤(二次治療以降)を使用する選択肢があります。

また、特定の遺伝子変異がある場合には、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬といった、新しいタイプの薬が適応になる可能性もあります。

治験という形で最新の研究に参加する道も、検討の余地があるでしょう。

治療法は一つではありません。主治医と対話を続け、次の一手を模索し続ける姿勢が、希望を繋ぐ力となります。

窓口で相談する夫婦

心の不安は一人で抱えない

「進行の早い神経内分泌がんです」という告知は、人生の中で最も衝撃的な出来事の一つです。

頭が真っ白になり、何をすべきか分からなくなるのは、人間として当然の反応です。

このようなとき、最も避けてほしいのは、不安をすべて自分一人で抱え込んでしまうことです。

家族や親しい友人に今の気持ちを話すことも大切ですが、時には身近な人だからこそ話しにくいこともあるでしょう。

そんなときは、心のケアの専門家である臨床心理士や、がんの経験者に相談できる窓口を活用してください。

言葉にして吐き出すことで、整理のつかない感情に輪郭が生まれ、少しずつ前を向くための準備が整っていきます。

希少がんの専門家を頼る

神経内分泌がんは希少がんの一つであり、どこの病院でも同じように詳しい情報が得られるとは限りません。

だからこそ、拠点病院やがんセンターなどに設置されている専門の医療チームを積極的に頼る必要があります。

主治医だけでなく、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーなど、多くの専門職があなたを支える準備をしています。

セカンドオピニオンを求めることも、納得して治療を続けるための立派な権利です。

希少がんだからこそ、最新の知見を持った医師と繋がり、自分にとって最善の環境を整えていきましょう。

不安な夜を穏やかに過ごすために

治療中は、将来への不安から眠れない夜を過ごすこともあるかもしれません。

心が疲れ切ってしまうと、体力の回復も遅れてしまいます。

不安を完全に取り除くことは難しいですが、少しでも和らげる工夫はいくつかあります。

例えば、温かい飲み物をゆっくり飲む、お気に入りの音楽を聴く、あるいは「今この瞬間の呼吸」に集中するマインドフルネスのような方法も有効です。

また、眠れないことが続く場合は、遠慮なく医師に相談して、睡眠導入剤や不安を和らげる薬の力を借りてください。

休息は治療の一部です。心と体を休ませる時間を意識的に作ることで、次の日の治療に向けたエネルギーを蓄えることができます。

三世代親子がリビングで食事を摂る様子

体力の維持と栄養管理

強力な治療を続けるためには、しっかりとした体力を維持することが不可欠です。

抗がん剤の影響で食欲が落ちることもあるでしょうが、そんなときこそ「食べられるときに、食べたいものを食べる」という工夫が大切になります。

高タンパク・高カロリーの食事を意識しつつ、一度にたくさん食べられない場合は、回数を分けて少量ずつ摂るのも良い方法です。

栄養士に相談して、栄養補助食品や吐き気があるときでも食べやすいメニューのアドバイスをもらうのも心強いでしょう。

体力を保つことは、がんの勢いに負けない体を作ることであり、治療の選択肢を広げることにも直結します。

家族ができること

ご家族にとっても、愛する人が苦しむ姿を見るのはつらいものです。

「何かしてあげたいけれど、何をすればいいか分からない」という無力感に襲われることもあるでしょう。

しかし、特別なことをする必要はありません。

ただそばにいて話を聴く、一緒に散歩をする、あるいは静かに見守る。それだけで患者様にとっては大きな安心感になります。

また、家族自身が倒れてしまわないよう、自分たちの時間や休息を大切にすることも立派なサポートです。

家族が笑顔でいることが、患者様が「自分は家族の負担になっている」という罪悪感を持たずに過ごせる環境を作ります。

互いを思いやり、チームとして病気に立ち向かう絆を大切にしてください。

療養生活の質を保つために

がんと闘うことだけが人生ではありません。たとえ治療中であっても、季節の移ろいを感じたり、趣味を楽しんだりする時間は不可欠です。

自宅で快適に過ごすための福祉用具の活用や、外出時の体調管理など、生活の質(QOL)を保つための知恵は、専門の看護師やケアマネジャーから多く得ることができます。

緩和ケアは終末期のものだけではなく、治療と同時、あるいは開始前からでも行われます。

大切なのは、痛みや不快な症状を早めに取り除き、穏やかな日常を一日でも長く続けることです。

かごに入った観葉植物

病名と深刻さを正しく伝える

神経内分泌がんは、周囲の人に説明してもなかなか理解されにくい病気です。

「がん」という言葉だけで過剰に反応されたり、逆に「聞いたことがないから大したことないのでは」と誤解されたりすることもあります。

大切な人たちに今の状況を伝える際は、無理に専門用語を使う必要はありません。

「非常に進行が早い珍しいがんで、今は全力で治療をしている最中なんだ」と、その深刻さと現状をありのままに伝えてみてください。

正確な情報が伝わることで、周囲もどのようにあなたをサポートすべきかが分かり、無用なすれ違いを防ぐことができます。

説明することに疲れを感じるときは、信頼できる誰かに窓口になってもらい、情報を集約してもらうのも一つの手です。

職場に相談する

仕事を続けながら、あるいは休職して治療に専念する場合、職場への相談は避けられません。

NECの治療はスピードが重要であり、急な体調の変化も起こりやすいため、会社側には早めに現状を共有しておくことが望ましいです。

「治療のために特定の日は休みが必要であること」「急に強い倦怠感が出ることがあること」など、具体的な配慮を求めましょう。

産業医や人事担当者と面談し、自分の体調に合わせた働き方を調整することで、キャリアを守りつつ治療に専念できる環境を整えられます。

仕事は社会との繋がりを保つ大切な場ですが、今は自分の体を第一に考え、周囲の助けを遠慮なく受け入れる時期であると割り切る勇気も必要です。

周囲の無理解から心を守るには

世の中には、良かれと思って「これを食べるといいよ」「もっと前向きにならなきゃ」といった言葉をかけてくる人がいます。

たとえ悪意がなくても、そのような言葉があなたの心を深く傷つけることがあります。

そのようなときは、無理に相手の期待に応えようとしたり、説得しようとしたりしなくて構いません。「ありがとう、でも今は主治医の指示通りに進めるね」と静かに受け流し、心の境界線をしっかりと引きましょう。

周囲の無理解な言葉に心を乱されるのではなく、あなたを本当に理解し、静かに寄り添ってくれる人との時間を優先してください。

自分の心を守ることは、治療を完遂するための大切なエネルギーを守ることでもあります。

神経内分泌がん(NEC)との闘いは、時に厳しく、孤独な道のりに感じられるかもしれません。

しかし、医療の進歩は止まることなく、新しい薬や治療の選択肢が次々と生まれています。

そして何より、あなたを支えようとする多くの専門家や、あなたの回復を願う人々が周囲にいます。

この病気は、確かに手強い相手です。しかし、正しい情報を持ち、スピード感を持って治療に取り組み、そして心と生活を守るための知恵を身につけることで、未来への道を切り拓くことは可能です。

焦らず、しかし着実に、今日できることを一つずつ積み重ねていきましょう。

このコラムが、あなたの抱える不安を少しでも和らげ、前向きな歩みを支える一助となることを願ってやみません。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。

卵巣がんの診断を受けたとき、多くの方が大きな不安に直面されます。

卵巣は沈黙の臓器とも呼ばれ、初期には自覚症状が出にくい病気です。そのため、発見されたときにはすでに病期が進行していることも少なくありません。

しかし、卵巣がんは他のがんと比べて抗がん剤の効果が期待しやすいという特徴があります。

さらに近年では、分子標的薬などの登場により、治療を続けつつ日常生活を維持できる期間が飛躍的に延びています。

治療の道のりは決して短くはありませんが、正しい情報を持ち、副作用への対策を事前に知っておくことで、心身の負担を和らげることは十分に可能です。

本コラムでは、卵巣がんの標準的な治療法から、最新の薬物療法、そして患者様が最も懸念される副作用への具体的な対処法までを詳しく解説します。

子宮・卵巣の図解イラスト

病期(ステージ)の決定と治療方針

卵巣がんの治療方針を決定する上で最も重要なのは、がんの広がりを示す病期(ステージ)と、組織型と呼ばれる細胞の種類です。

他のがんの多くは、手術前に画像診断などでステージを確定させます。しかし卵巣がんの場合、手術を行初めて正確なステージが決定されるという特徴があります。

卵巣がんは、卵巣だけにとどまっている1期、骨盤内の臓器に広がっている2期、腹腔内(お腹の中)のリンパ節や腹膜、大網(胃から垂れ下がっている脂肪の膜)に広がっている3期、そして肺や肝臓などの遠隔臓器に転移している4期に分類されます。

医師は、これらの進行度や患者様の年齢、全身の状態、将来の妊娠への希望(妊孕性温存)などを総合的に判断して、最適な治療の組み合わせを提案します。

治療の基本とは

卵巣がん治療の基本は、手術で可能な限り腫瘍を摘出し、その後に残った目に見えないがん細胞を抗がん剤(化学療法)で叩くという、手術と薬物療法の組み合わせです。

初回の手術では、多くの場合、子宮、両側の卵巣と卵管、大網の切除に加え、病期診断のための腹腔内の洗浄細胞診や、生検、必要に応じたリンパ節郭清が行われます。

これらは、がんの広がりを正確に把握し、治療方針を最適化するために欠かせない工程です。

がんが腹腔内に広がっている場合は、目に見える腫瘍を全て取り除く完全摘出を目指します。

完全摘出が達成できるかどうかは、治療成績に大きく影響します。そのため、術前の画像検査や腫瘍の広がりを慎重に評価しながら手術方針が決定されます。

もし最初の手術で大きな腫瘍を取り除くことが難しいと判断された場合は、まず抗がん剤治療を行い腫瘍を縮小させてから手術を行う「術前化学療法」が選択されることもあります。

これは、患者様の体への負担を軽減しつつ、より安全で効果的な手術を実現するための選択肢です。

患者と話す医師

TC療法

卵巣がんの化学療法において、世界的に標準治療として行われている療法があります。

それが、パクリタキセルとカルボプラチンという二つの薬剤を組み合わせたTC療法です。

これらはプラチナ製剤を中心とした治療です。がん細胞の増殖を抑えるとともに、細胞分裂を妨げることで効果を発揮します。

通常は3週間を1サイクルとして複数回繰り返し、手術後の残存がん細胞を確実に叩くことを目的としています。

TC療法は多くの患者で高い有効性が確認されており、卵巣がん治療の基盤となる治療です。

副作用として脱毛やしびれ、骨髄抑制などがみられることがありますが、支持療法の進歩により多くの場合はコントロールが可能です。

近年では、この標準的な抗がん剤に加えて、がんの増殖に必要な血管新生を抑えるベバシズマブという分子標的薬を併用することも増えてきました。

これにより腹水の減少や再発までの期間延長が期待され、治療の選択肢が広がっています。

維持療法

近年の卵巣がん治療において、最も大きな進歩と言えるのが「維持療法」の充実です。

初回の抗がん剤治療でがんが目に見えない状態(寛解)になった後、その状態を長く維持し、再発を遅らせるための治療が行われるようになりました。

ここで中心となるのが、オラパリブやニラパリブといったPARP(パープ)阻害薬と呼ばれる新しい薬剤です。

これらは、がん細胞の遺伝子修復能力を邪魔することでがんを死滅させる仕組みを持っており、特に遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)に関連するBRCA遺伝子に変異がある患者様には非常に高い効果を発揮します。

もちろん、変異がない方でも効果が認められる薬剤もあります。一人ひとりのゲノム情報に基づいた個別化医療が進んでいます。

食欲不振の女性

抗がん剤治療を継続する上で、副作用の管理は生活の質(QOL)を守るために極めて重要です。

副作用には、投与直後に出るものと、数日後、あるいは数週間後に出てくるものがあります。

あらかじめ対策を知っておくことで、不安を軽減し、適切なケアを行うことができます。

脱毛

パクリタキセルを使用する場合、高い頻度で脱毛が起こります。

通常、治療開始から2週間から3週間ほどで抜け始めますが、これは一時的なものであり、治療が終了すれば再び生えてきます。

対策としては、髪が抜け始める前にウィッグ(かつら)やケア帽子を準備しておくことが推奨されます。

また、頭皮が敏感になる時期でもあります。低刺激のシャンプーを使用し、洗髪時は指の腹で優しく洗うようにしましょう。

外出時は帽子やバンダナを活用し、紫外線の刺激から頭皮を守る工夫も大切です。

吐き気・食欲不振

「抗がん剤=激しい吐き気」というイメージを持つ方も多いですが、現在は優れた制吐剤(吐き気止め)が開発されており、日常生活に支障が出るほどの吐き気はかなり抑えられるようになっています。

食欲がないときは、無理にバランスの良い食事を摂ろうとせず、「食べられるときに、食べられるものを、食べられるだけ」というスタンスで構いません。

冷たい麺類やゼリー、果物など、のど越しの良いものは比較的受け入れやすい傾向にあります。

また、食事のにおいが鼻につくときは、料理を少し冷ましてから出すと食べやすくなります。

手足のしびれ(末梢神経障害)

パクリタキセルの副作用として、手足の先がピリピリしたり、感覚が鈍くなったりする「しびれ」が現れることがあります。

これは治療回数を重ねるごとに蓄積される傾向があります。

日常生活では手足を冷やさないようにしましょう。お風呂では優しくマッサージをして血行を促すことが効果的です。

また、しびれが強いと転倒のリスクが高まります。段差に気をつけたり、歩きやすい靴を選んだりすることも大事です。

症状が進行し、ボタンが留めにくいなどの支障が出る場合は、担当医に相談して薬剤の量を調整(減量)したり、休薬を検討したりすることもあります。

骨髄抑制と感染予防

抗がん剤の影響で、血液を作る機能が一時的に低下し、白血球や赤血球、血小板が減少することがあります。

特に白血球の減少は、免疫力の低下を招き、感染症にかかりやすくなるため注意が必要です。

感染予防の基本は、手洗い、うがいの徹底です。人混みを避け、外出時はマスクを着用しましょう。

また、小さな傷から菌が入りやすくなるため、ガーデニングやペットの世話をする際は手袋を着用し、深爪をしないように気をつけることも大切です。

もし、治療中に37.5度以上の発熱があった場合は、速やかに病院に連絡し、指示を仰ぐようにしてください。

紫陽花の花

遺伝子検査の役割

卵巣がんの患者様のうち、約10〜15%は遺伝的な要因が関与していることが明らかになっています。

その代表例が HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群) です。BRCA1またはBRCA2という遺伝子に変異がある場合、卵巣がんや乳がんを発症するリスクが一般より高くなることが知られています。

これらの遺伝子変異は家族歴があるかどうかを判断する材料になるだけでなく、近年では治療方針の決定にも直結する重要な情報となっています。

特に、PARP阻害薬はBRCA変異を持つ患者様で高い治療効果が期待されており、遺伝子検査の結果が薬剤選択に直接影響します。

つまり、遺伝子検査は「自分の体質を知るための検査」から、「より適切な治療を選ぶための検査」へと役割が大きく変化してきています。

患者様ご自身だけでなく、ご家族の健康管理にもつながるため、遺伝的リスクを知ることは治療と予防の両面で大きな意味を持っています。

遺伝性のリスクが分かったら

遺伝性の可能性があると分かったとき、ご家族への影響を心配されるのは自然な反応です。

「自分の結果を家族にどう伝えるべきか」「不安にさせてしまわないか」と悩まれる方は少なくありません。

しかし、遺伝子に関する情報は、ご自身だけでなく血縁者の方々が将来のがん予防や早期発見に取り組むための、大切な健康情報にもなります。

遺伝的リスクを知ることで、適切なタイミングで検診を受けたり、生活習慣を見直したりと、家族全体の健康管理に役立つ可能性があります。

多くの医療機関では、専門スタッフが検査前後の不安や疑問に寄り添いながらサポートしています。

遺伝情報の受け止め方、家族への伝え方、今後の検診の進め方など、ひとりで抱え込む必要はありません。

専門家と一緒に整理しながら進めることで、より納得のいく選択がしやすくなります。

笑顔で食事を摂る母娘

身体の変化とセルフケア

卵巣がんの手術により両側の卵巣を摘出した場合、閉経前の方は急激に女性ホルモンが低下します。

そのため、更年期障害に似た症状(ホットフラッシュ、のぼせ、発汗、動悸、睡眠障害、気分の落ち込みなど)が現れることがあります。

骨密度の低下や関節痛が出る方もおり、長期的な健康管理が必要になることもあります。

また、リンパ節郭清を行った場合は、足のむくみ(リンパ浮腫)が起こるリスクがあり、放置すると重症化することもあります。

早期から弾性ストッキングの着用、適度な運動、皮膚の保湿、正しいリンパドレナージ(マッサージ)を行うことで対策できます。しかし、重度の場合は専門のリンパ浮腫外来での治療が有効です。

これらの変化はQOLに大きく影響しますが、現在は緩和ケアや支持療法の進歩により、症状を和らげるためのさまざまな方法が提案されています。

日々の変化を「仕方ない」と我慢せず、看護師やリハビリ専門職、必要に応じて婦人科や更年期外来の医師に相談することが、早期の回復と生活の質の向上につながります。

定期検査と再発への不安

治療が一段落した後も、再発の有無を確認するための定期的な通院が続きます。

通常、数か月に一度の診察と、腫瘍マーカー(CA125など)の血液検査、半年から一年に一度の画像検査が行われます。

検査のたびに不安を感じるのは、がんを経験されたすべての方に共通する想いです。

再発は決して「治療が失敗した」ということではありません。

卵巣がんは再発した場合でも、再び抗がん剤が効きやすく、長く病気をコントロールし続けられるケースが多いという特徴があります。

もし再発が見つかっても、現在は多くの新しい薬剤や臨床研究の選択肢があります。

「もしも」のときに備えつつ、今の穏やかな時間を大切に過ごすことが、心の安定に寄与します。

窓口で客と話す女性

治療の段階から緩和ケアを

「緩和ケア」と聞くと、治療の手立てがなくなったときのものと誤解されがちですが、現在は診断がついた直後から、抗がん剤治療と並行して行われるのが一般的です。

体の痛みだけでなく、将来への不安や眠れないといった精神的な苦痛を和らげることも、緩和ケアの重要な役割です。

治療中に感じる心身のつらさを相談することで、結果として治療をスケジュール通りに完遂できる力になります。

主治医には聞きにくい小さなことでも、看護師やがん相談支援センターのスタッフは、あなたの声に耳を傾け、共に解決策を探してくれます。

社会的なサポート

がんの治療は、経済的な負担や仕事との両立など、医療面以外の課題も多く伴います。

高額療養費制度の利用や、傷病手当金の申請など、活用できる社会制度は数多く存在します。

また、同じ卵巣がんを経験した仲間との繋がり(患者会やオンラインコミュニティ)は、孤独感を和らげ、実生活に基づいた知恵を得る場となります。

一人で頑張りすぎず、周囲のサポートを上手に利用することは、自分らしく生き抜くための賢明な戦略です。

卵巣がんの治療は、手術、抗がん剤、そして維持療法と、息の長い歩みとなります。

時に副作用の壁にぶつかったり、気持ちが沈んだりすることもあるかもしれません。

しかし、現在の医療は、がんを抑える力だけでなく、あなたの生活を支える力も確実に進化しています。

副作用への対策を一つずつ実践し、心身の変化を医療チームと共有しながら進んでいきましょう。

今日という一日の積み重ねが、確実にあなたの未来を支える力となります。

このコラムが、あなたの不安を少しでも光に変え、納得のいく治療を続けるための一助となることを心から願っています。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。

甲状腺がんの診断を受けた際、多くの方が抱くのは「手術は必要なのか」「声はどうなるのか」といった、治療そのものと、その後の生活への不安ではないでしょうか。

甲状腺は、のどぼとけのすぐ下にある小さな臓器ですが、全身の代謝を司るホルモンを分泌するという、非常に大切な役割を担っています。

このがんの多くは、他のがんと比べても進行が緩やかで予後が良いという性質を持っていますが、一方でがんの種類(組織型)によっては迅速な対応が求められることもあります。

そのため、自分の病気がどのタイプで、どのような治療の選択肢があるのかを正しく理解することは、納得のいく歩みを進めるための第一歩となります。

本コラムでは、外科的な手術から放射線治療、最新の薬物療法まで、甲状腺がん治療の全容を詳しく解説します。

診断後の不安を少しでも和らげ、前向きに治療と向き合うための一助となれば幸いです。

黄色い標識

組織型による方針の違い

甲状腺がんの治療方針を決定する上で、最も重要なのが「組織型」と呼ばれるがんの種類です。

甲状腺がんは大きく分けて、乳頭がん、濾胞がん、髄様がん、未分化がんの四つの種類に分類されます。

それぞれの特徴は、以下の通りです。

・乳頭がん
乳頭がんは甲状腺がんの中で最も多く、全体の約9割を占めます。
進行が非常にゆっくりしており、適切な治療を行えば予後はとても良好です。
リンパ節に転移することはありますが、治療で十分にコントロールできることが多いのが特徴です。
若い世代にも比較的多く見られます。

・濾胞がん
濾胞がんは乳頭がんに次いで多いタイプで、乳頭がんと同じ「分化がん」に分類されます。
進行は比較的ゆっくりですが、血管に入り込みやすく、骨や肺など遠隔転移を起こすことがあります。
それでも治療に反応しやすく、特に放射性ヨウ素治療が効きやすいという特徴があります。

・髄様がん
髄様がんは、甲状腺のC細胞(カルシトニンを作る細胞)から発生するタイプで、分化がんとは異なる性質を持ちます。
遺伝性のものが一部にあり、家族性の甲状腺がんとして知られることもあります。
カルシトニンやCEAという腫瘍マーカーが治療や経過観察に役立ちます。
進行は分化がんより速いことがありますが、早期に治療すればコントロール可能な場合もあります。

・未分化がん
未分化がんは非常に稀で、全体の1〜2%程度しかありません。
しかし進行が極めて速く、周囲の組織に急速に広がることがあるため、早急な治療が必要になります。
多くの場合、高齢者に発生する傾向があり、診断時には進行していることが多いのが特徴です。

このように、細胞の性質によって治療の緊急度や方法が大きく異なるため、まずは自分の病気がどの種類に該当するのかを確認することが大切です。

治療が目指すゴールとは

治療の基本は、手術によってがんを摘出することです。乳頭がんや濾胞がんなどの分化がんでは、手術だけで治療が完結することも少なくありません。

しかし、リンパ節への転移や他の臓器への遠隔転移が見られる場合には、放射線治療や薬物療法を組み合わせた集学的治療が行われます。

治療のゴールは、単にがんを取り除くことだけではなく、術後の生活の質をいかに高く維持するかにあります。

甲状腺がんは長い年月をかけて付き合っていくことが多いため、再発のリスクを抑えつつ、声や食事、日常生活に支障が出ないようなバランスの取れた選択を医療チームと共に検討していくことになります。

手術道具

手術の種類と切除範囲

甲状腺がんの外科治療には、主に「全摘(ぜんてき)」と「葉切除(ようせつじょ)」の二つの方法があります。

甲状腺は左右の葉が中央で繋がった蝶のような形をしていますが、がんの広がりや大きさに応じて、すべてを摘出するか、左右どちらか一方の葉を残すかを決定します。

また、周囲のリンパ節に転移がある場合や、その可能性がある場合には、リンパ節郭清(りんぱせつかくせい)という、リンパ節を周囲の組織ごと摘出する処置も並行して行われます。

切除範囲が広いほど再発を抑える効果は高まりますが、一方で術後の生活への影響も考慮する必要があります。

現在は超音波検査やCT検査の精度が向上しており、個々の状況に合わせた最適な範囲が決定されます。

声や体への影響

手術を検討する際、多くの患者様が心配されるのが「声の変化」です。

甲状腺のすぐ裏側には、声を司る反回神経という細い神経が通っています。

がんが神経に近く、手術中に神経に触れたり、やむを得ず切除したりする場合、術後に声のかすれ(嗄声)が生じることがあります。

しかし、現在は手術中に神経の場所を確認するモニタリング技術も進んでおり、ほとんどのケースで声の機能は守られます。

また、カルシウム濃度を調節する副甲状腺も甲状腺の周囲に位置しているため、術後に一時的に血中カルシウムが低下し、手足のしびれを感じることがありますが、これらは内服薬で適切にコントロールすることが可能です。

体への負担を最小限にしつつ、確実にがんを取り除くことが、現代の外科治療の基本となっています。

病院の待合椅子

放射性ヨウ素内用療法とは

甲状腺がん、特に分化がんには、ヨウ素を取り込むという甲状腺細胞特有の性質を利用した「放射性ヨウ素内用療法」という治療法があります。

これは、放射線を出すヨウ素をカプセルなどで内服し、体の中から残ったがん細胞を破壊する方法です。

この治療は、全摘手術の後に、目に見えないほど小さな残存組織を死滅させる目的(アブレーション)や、肺や骨に遠隔転移がある場合の治療として用いられます。

がん細胞だけにピンポイントで放射線を照射できるため、非常に理にかなった効果的な方法です。

他のがんの治療で行われる外部照射とは異なり、内側から直接働きかけるという点に、甲状腺がん治療の大きな特徴があります。

治療を受ける際の注意

放射性ヨウ素治療を行う際は、治療の効果を高めるために、一定期間「ヨウ素制限食」という食事制限が必要になります。

昆布や海藻類などのヨウ素を多く含む食材を控えることで、がん細胞が放射性ヨウ素を取り込みやすい状態を作ります。

投与する放射線量に応じて、外来で行う場合と、専用の施設に入院して行う場合があります。

入院治療の場合は、数日間は周囲への影響を防ぐために特殊な個室で過ごすことになります。

副作用としては、首の腫れや口の渇き、味覚の変化などが一時的に現れることがありますが、多くの場合、時間の経過とともに回復します。

この治療を適切に組み合わせることで、再発や転移のリスクを大幅に下げることが期待できます。

医師に相談する患者

分子標的薬という選択肢

以前は、甲状腺がんに対しては一般的な抗がん剤(化学療法)の効果は限定的であると考えられてきました。

しかし近年、がん細胞の増殖に関わる特定の分子を狙い撃ちする「分子標的薬」が登場したことで、薬物療法の状況は一変しました。

この治療は、手術が難しい未分化がんや、放射性ヨウ素治療の効果が十分に得られなくなった分化がんなどが対象となります。

がんの進行を抑え、生存期間を延ばす高い効果が期待されており、診療の現場でも重要な選択肢の一つとなっています。

ただし、薬物療法は全身に作用するため、副作用の管理が非常に重要になります。

副作用との上手な付き合い方

分子標的薬の副作用には、高血圧、皮膚の荒れ(手足症候群)、下痢、倦怠感などがあります。

これらは一般的な抗がん剤とは異なる現れ方をするため、事前の知識と早めの対応が欠かせません。

大切なのは、副作用を我慢して服用を続けるのではなく、症状が現れたらすぐに医師や看護師に相談することです。

薬剤の量を調整したり、副作用を抑えるための薬を併用したりすることで、生活の質を保ちながら治療を継続することが可能です。

現在は、どのタイミングでどの薬を使用するのが最も効果的かという研究も進んでおり、患者様一人ひとりの病状に応じたオーダーメイドの薬物療法が展開されています。

病院の受付

甲状腺ホルモン剤

甲状腺を全摘した場合や、切除範囲が広い場合には、体内で十分な甲状腺ホルモンを作ることができなくなります。

そのため、術後は不足したホルモンを補うために、甲状腺ホルモン剤を生涯にわたって内服する必要があります。

この内服には、二つの大きな目的があります。

一つは、体の代謝を正常に保ち、健康な生活を送るための「補充」です。

もう一つは、脳から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)を抑えることで、残ったがん細胞の増殖や再発を抑制する「TSH抑制療法」としての役割です。

決められた量を毎日忘れずに服用することで、がんを経験する前と変わらない、健やかな毎日を維持することができます。

定期的な経過観察を

甲状腺がんは、予後が良い一方で、数年、時には十年以上経ってから首のリンパ節などに再発することがあります。

そのため、治療が終わった後も、定期的なフォローアップが欠かせません。

通常は、数か月から半年に一度程度のペースで通院し、触診や血液検査(サイログロブリン値の確認)、超音波検査、必要に応じてCT検査などを行い、再発の有無を注意深く確認します。

定期的な検査は不安を感じることもあるかもしれませんが、早期に発見できれば、再び適切な治療を行うことで良好な状態を取り戻せます。

病院との長い付き合いを、自分自身の健康を守るための大切な習慣として捉えることが、安心した生活に繋がります。

笑顔の家族

心のケアを大切に

がんの治療は、体への処置だけでなく、心のケアも同じくらい重要です。

特に甲状腺がんは、周囲から「治りやすいがんで良かったね」と言われることも多く、患者様自身が抱える「再発への不安」や「一生薬を飲む負担」を理解してもらえず、孤独を感じてしまうことがあります。

そんなときは、一人で抱え込まずに、がん相談支援センターや地域のコミュニティ、あるいは同じ経験を持つ患者さんの集まりなどを活用してみてください。

自分の気持ちを言葉にし、誰かに聞いてもらうだけでも、心の重荷が軽くなることがあります。

また、専門の相談員に今後の生活や仕事について相談することで、具体的な解決の糸口が見つかることもあります。

周囲の支えにも頼って

治療を終えて社会復帰を目指す際、家族や職場の理解は大きな支えとなります。

声のかすれや疲れやすさなど、目に見えにくい悩みがある場合は、周囲に適切に伝えることで、サポートを受けやすい環境を整えましょう。

医学の進歩により、甲状腺がんは多くの場合、適切にコントロールできる病気となりました。

病気を「克服すべき敵」としてだけでなく、「共に歩んでいく自分の一部」として受け入れ、焦らずに一歩ずつ進んでいくことが大切です。

甲状腺がんの治療について、その多様な選択肢と術後の生活のポイントを見てきました。

手術や放射線治療、薬物療法、そして長期にわたるホルモン管理といった治療はすべて、あなたがこれからも自分らしい生活を送り続けるための大切な手段です。

治療の過程で迷いや不安が生じたときは、遠慮なく主治医や専門のスタッフに相談しましょう。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。

多発性骨髄腫は治療の難しい疾患とされてきましたが、今は多くの優れた薬剤が登場し、治療の選択肢が劇的に広がっています。

多発性骨髄腫の治療において大切なのは、単にがん細胞を減らすことだけではありません。

症状をコントロールし、合併症を防ぎながら、日常生活の質をいかに長く維持するかという「共生」の視点が非常に重要です。

本コラムでは、最新の薬物療法から造血幹細胞移植、そして日常生活での副作用の管理まで、多発性骨髄腫の治療の全容を詳しく解説します。

これから始まる治療の道のりを正しく理解し、納得のいく選択をするための一助となれば幸いです。

ソファで横になる女性

多発性骨髄腫とは

多発性骨髄腫は、血液細胞の一つである形質細胞ががん化して骨髄腫細胞となり、骨髄の中で無制限に増殖する病気です。

がん化した細胞は、本来の役割である「体を守るための抗体」を作り出す代わりに、役に立たない異常な蛋白質(M蛋白)を大量に作り出します。

このM蛋白は、免疫としての機能を持たないいわば不良品の蛋白質です。

本来の抗体は敵に合わせて多種多様な形で作られますが、がん化した細胞からは、一種類だけの無意味なM蛋白がコピーのように生み出され続けます。

これが血液中に溢れたり尿に漏れ出したりすることで、腎臓を傷める原因となります。

治療においてM蛋白の数値を追うことは、がん細胞が今どれだけの勢いで増えているかを確認するための大切なものさしとなります。

治療が目指すゴールとは

多発性骨髄腫の治療を開始するタイミングは、がん細胞による臓器障害が認められたときが一般的です。

具体的には、医療現場で「CRAB(クラブ)」と呼ばれる以下の四つの指標が治療開始の目安となります。

  • C(カルシウム):血液中のカルシウム濃度が高くなる(高カルシウム血症)
  • R(腎障害):腎臓の機能が低下する
  • A(貧血):赤血球が減り、息切れや倦怠感が現れる
  • B(骨病変):骨がもろくなり、痛みや骨折が起きる

これらの症状がない段階では、あえて治療を行わずに慎重に経過観察を行うこともあります。

治療の最大の目標は、がん細胞を可能な限り減らして落ち着いた状態(寛解)を目指し、それを長期にわたって維持することです。

これにより、合併症を防ぎ、診断前と変わらない生活を送ることが可能になります。

病院の待合椅子

薬物療法

現在の多発性骨髄腫治療の柱となるのが、薬物療法です。

以前のような標準的な抗がん剤(化学療法)だけでなく、特定の分子を標的にした新規薬剤が登場したことで、治療成績は飛躍的に向上しました。

中心となるのは、ボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、イキサゾミブなどのプロテアソーム阻害薬や、レナリドミド、ポマリドミド、サリドマイドなどの免疫調節薬です。

さらに、がん細胞の表面にある蛋白と結合して攻撃するダラツムマブやエロツズマブといった抗体製剤も頻繁に用いられます。

これらの薬剤を複数組み合わせる(例えばボルテゾミブ+レナリドミド+デキサメタゾンなど)ことで、単独で使用するよりも高い効果が期待できます。

治療は、がんを深く叩く「導入療法」と、その状態を保つ「維持療法」という流れで行われるのが一般的です。

移植療法

比較的若い方や体力がある患者様に対しては、自家造血幹細胞移植(じかぞうけつかんさいぼういしょく)が検討されます。

これは、自分の造血幹細胞をあらかじめ採取して保存しておき、大量のメルファランなどの抗がん剤でがん細胞を根絶した後に、保存しておいた細胞を体に戻して血液機能を回復させる治療法です。

移植の適応については、一般的に65歳あるいは70歳という年齢が一つの目安となりますが、最終的には心臓や肺、肝臓などの臓器機能や全身の状態を医師が総合的に判断します。

移植を行うことで、より深い寛解を長期間維持できる可能性が高まります。

入院が必要な大きな治療ですが、その後の維持療法と組み合わせることで、長期生存率の向上に大きく寄与しています。

放射線治療

放射線治療は、多発性骨髄腫において、主に局所的な症状を和らげる目的で行われます。

がん細胞が集まって腫瘍(髄外細胞腫)を作り、それが骨を破壊して強い痛みが生じている場合や、神経を圧迫してしびれや麻痺が起きている場合に非常に有効です。

放射線をあてることで腫瘍を縮小させ、痛みを取り除いたり、骨折のリスクを軽減したりすることができます。

薬物療法のように全身に働きかけるものではありませんが、生活の質を直接的に改善するための重要な手段です。

また、手術が検討されるのは、骨折の危険性が非常に高い場合や、脊椎の固定が必要な場合などに限られますが、整形外科との連携によるリハビリテーションも並行して行われます。

ノートの上に1・2・3の形のブロックが置かれている様子

初診から治療開始まで

多発性骨髄腫が疑われると、血液検査、尿検査、画像診断(CTやMRI)、そして骨髄検査が行われます。

これらの結果に基づいて、現在治療が必要な状態かどうかが診断されます。

治療が必要と判断された場合、まず最初に行われるのが「導入療法」です。

ここでは、まず移植の適応があるかどうかを確認し、その後のスケジュールを立てます。

移植を行う場合は、導入療法を数サイクル行った後に造血幹細胞を採取し、移植へと進みます。

移植を行わない場合は、体への負担に配慮した薬剤の組み合わせ(例えばMPB療法やLd療法など)を選択し、外来での継続的な投与が行われます。

主治医からの説明を受け、副作用のリスクや通院の頻度などを確認し、納得した上で治療を開始することが重要です。

治療中の経過観察

治療が始まると、薬剤の効果を確認するために定期的な検査が継続されます。

特に注目されるのは、血液や尿の中のM蛋白の量や、軽鎖(フリーライトチェーン)の数値です。

これらが減少していれば、治療が有効であると判断されます。

また、多発性骨髄腫は再発の可能性がある疾患であるため、安定した状態(寛解)に入った後も、維持療法を行いながら定期的に通院を続けます。

数か月に一度の血液検査や、年に一度程度の画像検査を通じて、病状に変化がないかを見守ります。

数値の一喜一憂は禁物ですが、変化を早期に検出することで、速やかに次の治療法を検討することができます。

長期にわたる通院生活となるため、医療スタッフとの良好なコミュニケーションを保つことが、無理なく治療を続けるコツとなります。

手を押さえる女性

注意すべき特有の副作用

多発性骨髄腫の薬剤には、特有の副作用がいくつかあります。

プロテアソーム阻害薬でよく見られるのは、手足のしびれや痛みといった末梢神経障害です。

また、免疫調節薬では、血栓症(血の塊ができること)や、血小板や白血球の減少に注意が必要です。

さらに、多くの薬剤に共通して見られるのが、免疫力の低下に伴う感染症のリスクです。

特に帯状疱疹や肺炎などの感染症を起こしやすくなるため、予防のための抗ウイルス剤や抗菌薬を併用することが標準的になっています。

ステロイド薬を使用する場合は、不眠や気分の変化、血糖値の上昇、胃の不快感などが出ることもあります。

これらの症状は、薬の種類や組み合わせ、投与量によって人それぞれ異なります。

副作用は我慢しない

治療を長く続けるためには、副作用による苦痛を最小限に抑えることが不可欠です。

しびれや倦怠感、吐き気などの症状が出たときは、決して「がんの治療だから当たり前だ」と我慢しないでください。

医師や看護師に早めに相談することで、薬剤の量を調整したり、投与の間隔を空けたり、副作用を和らげる別の薬剤を追加したりすることが可能です。

例えば、ボルテゾミブの皮下注射への変更や、投与回数の調整によって、しびれを大幅に軽減できる例も多く報告されています。

日々の体調の変化をメモに残し、診察の際に伝える習慣をつけることで、より安全で快適な治療継続が可能になります。

花のブーケ

新しい治療薬の開発

多発性骨髄腫の分野では、今この瞬間も新しい治療法の開発が進んでいます。

最近の大きなトピックは、患者様自身のT細胞を一度取り出し、がん細胞を攻撃するように遺伝子を改変して体に戻す「CAR-T細胞療法」です。

また、がん細胞と免疫細胞の両方に結合して攻撃を促す「二重特異性抗体」という新しいタイプの薬剤も、難治性や再発性の患者様にとって新しい選択肢となりつつあります。

これらの治療法は、従来の薬物療法が効きにくくなった場合でも高い効果を示すことが期待されており、日本国内でも利用できる場面が増えています。

既存の薬剤に、新しい仕組みの薬をどう組み合わせるかという研究(臨床研究)も活発に行われており、未来の治療はさらに進化し続けています。

臨床試験

標準的な治療法が十分に確立されている一方で、さらなる効果や安全性を目指した臨床試験(治験)も非常に重要です。

臨床試験は、まだ承認されていない新しい薬剤や、既存の薬剤の新しい組み合わせを試験的に行うものです。

多くの患者様にとって、臨床試験への参加は最新の治療にいち早くアクセスできるチャンスでもあります。

もちろん、メリットだけでなく、未知の副作用のリスクや厳格なスケジュールなどの制約もあります。

しかし、現在私たちが受けている標準治療も、かつての患者様たちの協力による臨床試験の結果として成り立っています。

主治医から案内があった際や、興味を持った際は、その目的や内容を詳しく聞き、自分にとっての最善の道の一つとして検討してみる価値があります。

多発性骨髄腫の治療は、マラソンのように長い道のりとなることが多い疾患です。

時に再発という壁に直面することもあるかもしれませんが、現在の医療には、その壁を乗り越えるための多彩な薬剤と治療戦略が備わっています。

大切なのは、病状をコントロールしながら、あなた自身の「生活」を主役に据え続けることです。

医療技術の進歩は、単に寿命を延ばすだけでなく、より健やかで、より自由な時間を確保するためにあります。

わからないことや不安なことがあれば、いつでも主治医や看護師、薬剤師などの専門家を頼ってください。

一人で抱え込まず、多くの情報を味方につけながら、一歩ずつ進んでいきましょう。

このコラムが、あなたの治療への決意を支え、前向きな日々を過ごすための一助となることを心から願っています。

監修医 医学博士 上羽 毅

監修医

医学博士

上羽 毅

私は医師として日々の診療にあたる中で、患者さんが抱える「治療に対する不安」や「治療への向き合い方」などの声を多く耳にしてきました。
そのような経験から、このサイトでは信頼性を第一に、最新の医学的知見や治療方針をもとに内容を確認・監修しています。専門的な部分を分かりやすく伝えることを心がけ、読者の方が正しい知識をもとに前向きに治療へ臨めるよう願っています。