がんの痛みを我慢しない!医療用麻薬の誤解を解き、QOLを高めるために
がんと診断された時、多くの患者さんやご家族が直面する大きな課題が「痛み」です。
しかし現在、がんの痛みは我慢すべきものではなく、医療用麻薬などでコントロールできます。
医療用麻薬は、がん患者さんの痛みを和らげるための最も効果的で安全な治療薬であり、適切に使用すれば患者さんの生活の質を劇的に改善させる強い味方となります。
このコラムでは、医療用麻薬に対する誤解を解きながら、疼痛の正しい治療法、具体的な薬の使い方、副作用への対処法、そして医療従事者との効果的な連携方法をお伝えします。
がんの痛みを我慢してはいけない理由とは?

がんによる痛みは身体的なつらさだけでなく、治療の継続や生活の質に深刻な影響を与えます。
しかし、がんの痛みは我慢すべきものではなく、適切な治療でコントロールできるものなのです。
日本には現在でも、痛みを我慢するのは美徳であるという価値観が根強く存在します。
これは医療の現場でも大きな問題として表れており、痛みを感じていても、「こんなことで医師に相談してもいいのだろうか」「痛いのは当たり前では」と考えてしまい、医師に訴えることをためらってしまう患者さんがいます。
しかし、痛みを我慢し続けることで、身体と心には想像以上のダメージが蓄積され、治療の質を低下させるという悪循環を生み出してしまいます。
痛みを我慢するデメリットとは?
痛みを我慢すると、まず睡眠が阻害されます。
夜間の痛みで目が覚める、眠り続けることができないという状態が続けば、体力の回復は望めません。
また、疲労感や倦怠感が増し、食欲も低下します。
こうなると精神的な不安感も強まるため、さらに痛みを強く感じるようになるという悪循環に陥ってしまいます。
特に注目すべきは、痛みを我慢し続けることで神経が過敏になり、通常ではそこまで痛くない刺激でも激しい痛みとして脳に伝わるようになってしまう「感作」という現象です。
これによって最初は軽かったはずの痛みが、我慢を重ねることでどんどん強く感じられるようになってしまうのです。
痛みががん治療に与える影響
こうした身体的・精神的な消耗は、がん治療そのものの継続も難しくしてしまいます。
抗がん剤治療や放射線治療は、相応の体力と精神力を必要とします。
そんな中で痛みで体が弱り、精神的に追い詰められた状態では、予定されていた治療のスケジュールを守ることが難しくなってしまいます。
そして最悪の場合、治療を中断せざるを得ない状況に追い込まれてしまうのです。
緩和ケアの役割とは
ここで重要になってくるのが、緩和ケアです。
緩和ケアという言葉だけを聞くと、多くの人が「終末期の、もう手の施しようがなくなった患者さんのためのケア」と考えてしまいがちですが、実際には大きく異なります。
現在の医学では、緩和ケアはがんと診断された初期段階から、抗がん剤や手術などと並行して行われるべき支持療法として位置づけられています。
患者さんが最高のコンディションで、最後までがん治療に取り組むための土台なのです。
痛みを医療用麻薬などの方法で早期から適切にコントロールすることは、決して病気が進行している証というわけではありません。
痛みのない状態を保つことで、患者さんが十分な睡眠を確保し、食事をしっかり摂取し、必要な体力を温存できるようにすることが目的です。
医療用麻薬への誤解を解こう
緩和ケアにおいて医療用麻薬が用いられることがありますが、これについて「依存性がある」「使うと寿命が縮む」といった多くの声が存在します。
そのため、医師から勧められても使用をためらう患者さんは少なくありませんが、これらは医学的根拠を欠いた大きな誤解です。
医療用麻薬は、がん診断から終末期までの広い期間で、痛みの強さに応じて使用されるべき標準的な治療薬です。
適切に使用されれば、患者さんの生活の質を劇的に向上させ、前向きにがん治療に臨むための重要な味方となります。
医療用麻薬への「3つの誤解」

医療用麻薬と聞くと多くの人が「怖い」「危険」というイメージを抱きますが、適切に使用さえすれば、がん患者さんの痛みを和らげる最も効果的で安全な治療薬です。
ここでは、医療用麻薬に対する代表的な3つの誤解を、科学的根拠に基づいて解き明かしていきます。
誤解その① 依存症
医療用麻薬で依存症になる、というのは、最もよく言われる誤解です。
医療用麻薬と依存の関係を正しく理解するには、まず「依存には2つの種類がある」ということからお伝えする必要があります。
まずは「身体依存」です。
これは長期間薬を使い続けることで体が薬に慣れてしまい、急にやめると離脱症状が出る状態のことです。
もう一つは「精神依存」です。
これは痛みがないのに快感を求めて薬を渇望してしまい、社会生活に支障が出るほどに使用をコントロールできなくなる状態のことです。
身体依存は、実は医療用麻薬に限った話ではなく、血圧の薬、睡眠薬、ステロイド薬など、多くの医薬品で起こる一般的な生理現象です。
精神依存の方は、患者さんが最も懸念する依存症と言われる状況ですが、痛みの治療という明確な目的のもと医師の管理下で使用する場合、この精神依存はきわめて起こりにくいとされています。
その理由は、脳のメカニズムにあります。
痛みがある状態では、脳内の快楽物質に関わるシステムが抑制されています。
そのため、医療用麻薬を飲んでも、薬は純粋に痛みを遮断するためだけに消費され、「快感を求める」という精神依存につながる状態が生まれないのです。
つまり、痛みがあれば、医療用麻薬で依存症になることはほとんどないということです。
誤解その② 寿命が縮む
医療用麻薬を使うと寿命が縮む、というのもよく言われる誤解です。
この根底にあるものは、医療用麻薬の副作用である「呼吸抑制(呼吸が弱くなること)」への不安ではないでしょうか。
確かに、医療用麻薬には呼吸を抑える可能性がありますが、実際のがん治療の現場ではどのように起きるのでしょうか。
呼吸抑制が起こるのは主に、痛みのない人に大量投与した場合です。
がん患者さんの痛み治療では、医師が少量から開始し、患者さんの痛みに応じて段階的に量を増やしていきます。
そして痛みそのものが呼吸抑制に対する生理的な拮抗因子として働くため、痛みが存在する状態では、医療用麻薬の呼吸抑制効果が自動的に相殺されます。
このため、医療現場での適正使用では、命に関わるような呼吸抑制が現れることはまれです。
むしろ、痛みを適切にコントロールすることで、患者さんの睡眠や食欲が改善し、体力が温存される結果として、寿命に良い影響を与える可能性があるのです。
誤解その③ 一度使うとやめられない
一度医療用麻薬を使い始めたら一生やめられなくなる、というのも誤解です。
こうした誤解が囁かれる背景には、「医療用麻薬は最後の手段だから、使用するともう戻れない」という認識があるのかもしれません。
しかし、医療用麻薬は病状の進行段階で使用を判断されるものではなく、患者さんが感じている痛みの強さに応じて使用されるものです。
もしがんの治療によって痛みの原因が減れば、医療用麻薬の量は徐々に減らすことができます。
痛みが十分に緩和された時点で、安全にやめることも可能です。
ただし、自分の判断で急にやめると、先ほど説明したような身体依存として、冷や汗やイライラなどの離脱症状が出てしまいます。
安全にやめるために、医師らが減量スケジュールを組み立て、きちんとコントロールしてくれるので、患者さんは安心して治療に専念することができるのです。
このように、医療用麻薬は正しく理解し適切に使用すれば、患者さんの生活の質を大きく向上させるための強い味方となります。
治療中のつらい不調、和らげる方法はないでしょうか?
休息やケアで凌ぐだけでなく、身体への負担そのものを抑える方法があります。
標準治療を補完し、体調を保ちながら治療を続ける選択肢をご存知ですか。
医療用麻薬の種類と使用の目安

医療用麻薬として、患者さんそれぞれの痛みの強さや体質、生活スタイルに合わせて様々な薬が用意されています。
世界保健機関(WHO)が提唱する「がん疼痛治療法」は、痛みの強さに応じて段階的に治療を進めていく原則に基づいており、この方針が現在の標準的な治療として広く採用されています。
軽度の痛みに対しては、アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬などの一般的な鎮痛薬が使われます。
しかしこれらの薬は、どれだけ量を増やしても一定以上の痛み止め効果は期待できないという面があります。
そのため、痛みが強い場合には、医療用麻薬へとステップアップすることになります。
医療用麻薬の代表的な成分には、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォンなどがあります。
重要なのは、それぞれの成分が「どのような特徴を持つか」という点です。
例えば、モルヒネは古くから使われてきた信頼性の高い薬ですが、腎臓の機能によって体への影響が変わります。
一方、フェンタニルは腎臓への負担が少ないため、腎機能が低下している患者さんに適していることがあります。
それぞれの成分には個人差に対応した利点があるのです。
「Aの薬が効かないから、Bに切り替える」という場合、これは病気が悪化しているということではなく、自分の体に合った薬を探している過程、ということです。
がんの疼痛には2種類ある
がん疼痛には、大きく分けて2つのパターンがあります。
持続する痛み
1日を通じてじわじわと続く、常に存在する痛みのことです。
この痛みに対しては、安定した効果を長く保つ薬が必要とされます。
そこで活躍するのが「徐放剤」です。
これは少量ずつ薬が放出され、安定した鎮痛効果を保つ仕組みになっています。
内服薬(飲み薬)のほか、貼り薬も多く使われます。
貼り薬は非常に有効で、飲み込む力が弱くなった患者さんや、吐き気で内服が難しい場合でも使用できます。
日常生活を送る上で、食事の時間を気にせず、定期的に貼り替えるだけで効果を得られるという利点があります。
突発的な痛み
痛みが基本的に落ち着いていても、動いたときや咳をしたときなど、ある特定の動きや刺激で急に現れる強い痛みです。
このような痛みに対応するために「レスキュー薬」が使われます。
レスキュー薬は、飲むと15分から30分程度で効き始める即効性のタイプです。
患者さんが必要を感じたときにいつでも使用できるため、突発的な痛みへの対応に優れています。
患者さんの中には「レスキュー薬を頻繁に使うと、依存してしまうのではないか」という不安を抱く人も多くいます。
しかし、痛みがあるときに医師の指示に従って適切に使用することは、全く問題ありません。
むしろ、痛みの波を感じたら緩やかなうちに服用しておくのがいいとされています。
痛みが強くなってからレスキュー薬を使うより、早めに使う方が、より少ない薬量で効率よく痛みを抑えられるのです。
医師と薬剤師への相談を
医療用麻薬の具体的な種類、用量、薬を切り替えるといった処方の判断は、患者さん個々の病状、体質、腎臓や肝臓の機能など、多角的な面から行われます。
そのため、「この症状ならこの薬」というようなことは一概には言えません。
自分の痛みの状態を医師や薬剤師に正確に伝え、専門家の指示に従いながら、自分に最も合った薬を見つけていくということが大切です。
医療用麻薬は、正しく選んで正しく使用すれば、患者さんの日常生活の質を劇的に改善する強力な味方となります。
不安を感じたときは、遠慮なく医師や薬剤師に相談しましょう。
医療用麻薬の副作用

医療用麻薬の治療を始める際、患者さんや家族が抱く懸念の一つが副作用です。
確かに、医療用麻薬には副作用が伴うことがあります。
しかし、これらの副作用は予測可能であり、現れた症状に応じた対処法もあります。
心構えと病院との連携があれば、過度に副作用を恐れる必要はありません。
ここでは、医療用麻薬の主な副作用である便秘、吐き気、眠気の3つについて説明します。
便秘への対策
便秘は、医療用麻薬を使用する患者さんのほぼ全員に起こる副作用です。
医療用麻薬が腸の動きを抑える作用を持つため、避けられない症状なのです。
しかしこの症状は、治療の開始時から下剤を一緒に服用することで、多くの場合しっかりコントロールすることができます。
医師は通常、医療用麻薬と同時に便秘対策の薬を処方します。
そのため、「便秘が出たから、この薬は合わない」とすぐに判断する必要はありません。
下剤の種類や量を調整することで、日常生活に支障のない状態を保つことが可能です。
吐き気への対策
吐き気は、使い始めの数日から1週間程度に起こることが多い副作用です。
吐き気止めを一時的に併用することで、多くの患者さんは数日から2週間程度で体が慣れて、吐き気が軽くなっていきます。
便秘とは異なり、ずっと続くものではなく一時的なものであると理解することが多いです。
眠気への対策
眠気も同様で、医療用麻薬を使い始めると眠くなることがあります。
しかし、これもほとんどの患者さんが数日から2週間で体が順応し、眠気が減少していきます。
慣れるまでは無理をせず、できるだけ安全な環境で過ごし、車の運転などは避けましょう。
副作用への対策で最も重要なこと
「副作用が出た=この薬が合わない」と自己判断しないのが大切です。
多くの場合、薬の量の調整や併用薬の工夫で対処できますし、医師や薬剤師に相談することでさまざまな選択肢が広がります。
患者さんが感じている痛みや副作用の情報がまったくないと、医師はその方に合った治療の判断材料が少なくなってしまいます。
もし、どうしても医師には相談しづらいと感じたら、看護師や薬剤師に相談して医師に伝えてもらうのもいいでしょう。
これまで述べてきたように、我慢をせず、今自分がどんな痛みや悩みを抱えているのかを伝えることが大事です。
まとめ
がんの痛みは我慢して耐えるものではなく、医療用麻薬をはじめとした治療によって、和らげることができます。
依存症になるのではないか、寿命が縮むのではないかといった不安の多くは、実際には起こりにくいものだとされています。
便秘や吐き気などの副作用にも対処法があるため、痛みや困りごとは率直に医師や医療従事者へと伝えることが、より良い治療につながっていきます。
一人で抱え込まず、痛みに縛られない穏やかな毎日を、少しずつ取り戻していただければと思います。
